《MUMEI》

「アキ!おはようっ」
 カナの自席の前には、男装をした親友が待っていた。
 彼女は清水 アキ(シミズ アキ)。カナにとって数少ない友人の1人。
 ―アキとの出会いは、約3年前。カナが1人暮らしを始めて、2ヶ月が経った頃、カナが通っていた学校に転入してきた。
 アキは幼い頃に両親を亡くし、ずっと孤児院で暮らしていたが、親戚が見つかり彼らと暮らすために引っ越してきた。そんな彼女は寂しさのあまり、笑うことを忘れ、自己紹介中はずっと無表情だった。
 しかし、親と離れて暮らすカナとの出会いがアキをかえた。親と離れて暮らす寂しさを知る者同士だったから、お互いに理解しあえ、仲が深まるのも長くなかったのだ。
「おはよう!」
 アキの、低めだけどやさしい声。それはカナの感じている寂しさを払ってくれる。
「甘月先生、新作始めたみたいですね。うまく進みそうですか?」
「うん、進みそうだよっ!!!」
 ―それは、数ヶ月前。カナはアキに自分が官能小説家、甘月であることを告げた。 その直後、アキは固まっていた。彼女は前から“甘月”のファンだったが、作者本人が身近にいると思っていなかったらしい。
 それからずっとアキはカナを応援してくれている。
「それはよかった。悩んだら、いつでも言いなよ?」
「はいっ!」
 アキはやさしくカナの頭を撫でた。それに対しカナは小犬のように応じる。
(アキに撫でられると…いやされる〜っ)
 アキの大きくて温かい手。小犬になってしまいそうだ。
「さて、今日も1日頑張りますか!」
 アキはグーンと背を伸ばす。
(私も頑張らなきゃ!)
 カナもアキと同じように背を伸ばした。

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