《MUMEI》 侵入遺跡の入口の手前には、炭化した木が転がっていた。どうやら昨日火を起こしたばかりのようで、まだ僅かに焦げ臭さが残っている。 周囲に人の気配は無い。盗賊らしく日中は、遺跡の奥に潜んでいるのだろう。 ラミアは息を殺してそっと正面の入口を覗き見た。 隙間無く積み上げられた石の部屋は、薄暗くひんやりとした空気が立ち込めている。 玄関にしては広すぎる長方形の空間の最奥には、地下へ続く階段が伸びていた。 「ダメだ。他の入口は見当たらない」 侵入し易そうな裏口はないかと探索に向かっていたセルバが、戻って来るなり険しい顔で報告してくる。 辺りを探索していた他の面子も同じ結果を告げてきた。 気は進まないが正面突破するしかないらしい。 ラミアは腰のホルダーから小さなガラスのランプを取り出す。 一見普通のオイルランプのようなそれは、先の闇市で仕入れた魔動式の貴重品である。オイルなどの燃料は一切必要とせず、内蔵された術式によって大気からマナを吸収して能力を発揮する。半永久的に使用が可能な上に、持ち運びも簡単という優れものだ。 取手に刻まれた呪文を指でなぞりながら「灯せ」と短く命じると、ガラス筒の中に小さな橙色の炎が生まれた。 魔法を用いて作られた武器以外の道具は、主に魔具と呼ばれ、人々の生活に深く浸透している。 しかし、魔法を扱える職人が圧倒的に少ない上、マナをエネルギーに変換する術式の加工がかなり困難だとされ、その価格は通常の道具の倍以上で取引される事が多い。 闇市とはいえ魔具が安く手に入ったのはラミアにとって収穫だった。 「音は立てないで」 連れの傭兵達に小声で指示するや、抜き足差し足で石室へと足を踏み入れていく。 階段を下った先は、同じような四角い部屋が連続する一本道だった。 より深くへ進むにつれ空気は重く湿ったものへと変わり、自分たちの呼気や衣擦れの音だけが漆黒の空間にこだまする。 まるで空気が死んでいるような‥不気味なまでの静寂に、ラミアは背筋に寒いものを覚えた。 その時だった。 「なぁ‥何か臭わねぇか?」 「おいっ!喋るなよ」 「いやだって‥」 列の後方から、ひそひそと声が飛んでくる。 言われてみれば何だか腐った肉のような臭いがしなくもない。 「奥の方からだわ‥‥」 異臭の元は、これから一行が向かおうとしていた先にあった。 慎重に次の部屋へと敷居を跨ぐ。 するとそこから、ぴちゃ、と水の弾ける音がした。 「水‥‥?」 おもむろに視線を落とした床は、他とは違い真っ赤な色をしていた。 「ひぃぃっ!?」 遅れて入って来た傭兵の一人が何やら黒い塊を見つけて腰を抜かす。 よく見るとそれには鼻と口がついており、苦痛に目を剥いて絶命した、人間の頭だった。 「なっ!?」 ランプを高く掲げて見渡した部屋には、夥しい数の惨殺死体が転がっていた。 床の赤の正体は、彼等の流した血液の色だった。 「うわぁぁぁっ!!」 半狂乱となった傭兵達の悲鳴が、遺跡中に響き渡った‥‥。 前へ |次へ |
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