《MUMEI》 捨てられないもの敵が絶命しても、ラミアはその場からしばらく動けなかった。 たった今、目の前で起きた現実に頭がついていかない。 呆然とへたり込んだままの彼女を余所に、青年が剣を爬虫類の骸から引き抜き、背中の鞘に納める。 すると彼の変身も解け、魔力の光を霧散させた緑の魔人は、元の顔色が悪い青年に戻った。 直後、背後でばしゃん!と何かが血の池に落ちる。 新な敵かと身を竦ませたラミアだったが、振り向いた先で見たのは、もっと悪いものだった。 「セルバさん!!」 停止した思考が急激に現状を理解し始め、弾かれるように金髪の剣士の傍へ駆け出す。 「しっかり!死んではだめ!」 血だまりから革製の鎧に包まれた身を抱き起こし、必死に呼びかける。 片腕を失い、血を流し続けたその顔は、青紫に変色していた。 見えない敵に気を取られる余り、応急処置すら失念していた自分が憎い。 「ラミアちゃん‥か?」 黒く落ち窪んだ目が、うっすらと開く。 「そうよ!今血を止めるから!」 焦燥に駆られるまま、自分のマントを引きちぎる。紐状に捻じったそれを、傷口のすぐ上部にきつく縛り付ける。 今のラミアに出来るのは、これくらいしかない。 「ごめんなさい‥本当に私‥‥」 「いいんだ‥もう」 「何言って‥」 弱気な発言を叱咤しようとしたラミアの口に、セルバの残された右手がそっと人差し指を当てる。 「本当はね‥私の娘はもう死んでいるんだ」 「え‥」 「魔剣は世界を変える奇跡の力。私が求めていたものは君と同じだったんだ」 残酷すぎる真実に、ラミアは絶句した。 彼もまた、最後の希望に裏切られたのだ。 「分かっていたさ‥そんな都合のいい力、ある筈ないって事くらい。けど!縋らずには生きていけなかった‥」 「もういいですセルバさん‥帰りましょう‥」 必死に絞り出した声を、金髪の頭は小さく横に振って拒絶する。 「聞いてくれラミアちゃん。俺の願いは叶わなかった‥。でもね、君には‥夢を諦めないで欲しいんだ」 「それは‥」 「君が誰を助けたいのかは分からない‥が、それは生きている限り実現できる。君が、その思いを捨てない限り」 「!」 自分でも吃驚する程、セルバの言葉は胸の中に染み渡っていった。 そうだ。魔剣が想像と違った事くらいで何だというのだ。何があっても、願いは叶える。 そう決めて、旅に出たのは他ならぬラミア自身ではないか。 「ありがとう‥セルバさん」 悲しみとも、感謝ともつかない感情が、目頭に熱となって込み上げる。 「はは‥‥こんなおじさんでも、君みたいな子を助けられて‥良かったよ‥‥」 穏やかな微笑を最後に、金髪の剣士は動かなくなった。 ぽたぽたと零れ始めた雫はやがて滂沱の涙へと変わり、足元の血だまりに波紋をつくる。 「っ‥‥なんでっ!どうしてっ!!ちくしょう‥ちくしょうっ!!」 いつもいつも、守れた筈なのに。助けられた筈なのに、と悔やむのは、取り返しがつかなくなってからだった。 床に投げ出されながらも奇跡的に無傷だったランプの炎が、骸に寄り添う少女の慟哭を静かに照らす。 少しだけ離れた明かりの外では、魔剣を背に携えた青年がただ黙って、その様子を見守っていた。 前へ |次へ |
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