《MUMEI》
奇妙な道連れ
あれから徐々に落ち着きを取り戻したラミアは、魔剣士の青年と連れ立って遺跡を後にした。

地下で過ごした時間はそう長く感じなかったが、太陽は地平線の彼方へと沈み、外の世界は冷たい闇夜に包まれていた。

取り敢えず今日は遺跡の前で青年と野宿を共にする事になった訳なのだが、地下での戦闘以来、まだまともに口をきけていない。彼には聞きたい事も、言いたい事も山ほどあるというのに。

膝を立てて蹲るラミアの鼻を、漂ってきた苦い煙がつつく。

視線を右横に移すと、青年の手前で赤々と焚き木が燃え上がっていた。余程旅慣れているのか、その手際は感心する程鮮やかだ。

「一つ‥聞かせて」

暖かな光に当たる内に、自然と言葉は出てきた。
無言で目だけを此方に向けてくる青年に、ラミアは少しだけ棘のある口調で問う。

「どうして‥初めから魔剣を使わなかったの‥?」

勿論、セルバや他の傭兵達が死んだのは彼のせいだけではない。けれどそれでも、もし彼が初めから戦ってくれていれば、こんなに犠牲は出なかったかもしれない。そう考えてしまう。

その疑念に対して、青年の回答はそっけないものだった。

「敵が魔剣か、或いはそれに準じたものを持っているという確信を得るまでは使いたくなかった」

それを聞いた途端、ラミアの中で何が切れた。

「何‥それ‥?そんな理由で人を‥セルバさんを見殺しにしたの‥?」

握りしめた拳がわなわなと震える。彼が命を助けてくれた恩人であることは重々理解していたが、それ以上に湧き上がる怒りを抑えきれなかった。

「貴方はそんな強い力を持っているくせにっ‥私と違って!なのにどうしてそんな冷たい事が言えるの!?」

「それをお前に話す義理はない」

「なら何で助けたっ!?」

思わず感情のままに叫んでしまっていた。青年は何を言われても無表情のままだったが、牧をくべる手が、僅かにぴくっと止まったように見えた。

「‥俺にも目的がある。魔剣は無闇やたらに使用していい力じゃない」

地下で戦った爬虫類の化物の姿を思い出し、ラミアは言葉に詰まった。

全てが終わった後、改めて観察したその骸の左腕には、盗賊団の紋章が刻まれていたのだ。

人間の形を失ったそれが、盗賊団の首領だったのか、はたまた偶然にも戦利品の偽魔剣に手をつけてしまった下っ端だったのか。最早知る由もないが。

「力に溺れた者の末路は決まっている。魔剣を手にした者に、人間らしい死など与えられない」

『その昔、世界は終焉に向かって歩んでいた。死の闇は容赦無く人々の命を飲み込み、全てが滅びかけた時、奇跡は起きた。5人の魔導師が命を賭して創り上げた5本の魔剣が闇を切り払い、混沌を光に変えた』

心の中で、幼い頃に聞いた魔剣の伝説を唱える。

「そうよね‥こんな夢物語、信じる方が馬鹿げてる」

皮肉げに呟くと、再び目が熱を持ち始めるのを感じた。
しかし、今度はそれをぐっと飲み込む。

ー諦めないで欲しい‥。

セルバの遺言を胸の内で反芻しながら、ラミアは真っ直ぐに青年を見据え直した。

「けど、それでも私は諦めない。魔剣がたとえ人を悪魔に変える呪われた力だったとしても、貴方は私を助けてくれた」

「‥俺はお前の願いはきかんぞ」

「構わないわ。だから、せめて一緒に行かせて。伝説によればまだ魔剣は4本ある。貴方は初めて見つけたその手掛かり。それに、貴方の力だってまだ私は何にも分かってない」

見極めたいの。言外にそう告げると、青年は呆れたように溜息を吐き、「好きにしろ‥」とだけ返した。

そっぽを向きかけたその背中に、ラミアはすかさず手を差し伸べる。

「ラミアよ。ラミア・ガーヴェイル。貴方は?」

きょとんとした顔でその手を見つめる青年は、それを握り返す事はせず、罰が悪そうに「‥デルタだ」と短く名乗った。

「よろしくね。デルタ」

何と無く予想通りの反応に、クスッと笑いながら、正面に向き直る。

「助けてくれて、ありがとう」

本来なら真っ先に言うべきだった感謝の言葉を、今更ながら声に出す。

デルタという名の青年が一瞬、少しだけ嬉しそうに微笑んだような気がした。

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