《MUMEI》 序1風が騒ぐ。 季節が変わり始めているのだろうか。 失敗してしまった不揃いの前髪を、乾いた風が盛大に巻き上げる。視線の先、地上の塵を含めた砂と何もかもが舞い踊っている。 古びた建物の入口手前にある階段に座り込んで、黄砂で霞む遠くの空を眺めていた。 入口の扉は壊れて風化しており、建物の内側は森閑としていて何の気配もない。 窓枠だけが残っており、砂が積もって、色硝子の残骸が散らばっていた。往時は陽光に煌めいてさぞかし美しかったことだろう。 室内に十字架はなかった。 知識によって建物が教会であったことが認識できる。 座り込んだ背後の建物の天辺、頭上には十字架が掲げられている。 何者かに壊されてしまったのか、何か意図されたものだったのか、交差している十字の上部分が半分以上欠けていた。 皆、どこへ行ってしまったのだろう。 天変地異や人災を経験したはずの町は、昔日の姿が幻だと言わんばかりに静まっている。 誰もが遠く逃げてしまったのか、或いは既に亡くしてしまったのか。 風が、また騒ぐ。 次へ |
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