《MUMEI》
僥倖か、厄介か
北国の夜は早かった。

入国時はまだ天頂にも届いていなかった太陽が、半日も経たぬ間に西の地平線へと吸い込まれていった。
深夜には氷点下を悠に下回る凍土の街。流石に野宿という訳にもいかず、ラミアは渋るデルタを引っ張りながら何とか近くの宿に滑り込んだ。

「金が勿体無い‥」

「命とお金どっちが大事なの」

ロビーに入った途端、ぺたんこの巾着を不安げに見つめる青年に、ラミアは最早呆れを通り越して諦観のような思いを抱いた。

魔剣士とは皆非常識なのだろうか。

「仕方ないな‥」

溜息混じりに自分の懐から財布を取り出し中身を確認するが、二人分の宿泊費には届きそうにない。

あの老人に奮発し過ぎたか‥。と内心ちらりと後悔がよぎる。

しかし彼の話してくれた物語は中々興味深いものであり、デルタの反応を見る限り信憑性も高かった。高額の金を払う価値はあった‥と思いたい。

そんなラミアの考えを見抜いているのか、貧乏人の魔剣士は「物乞いなんぞ相手にするからだ」と嫌味を言って来る。

「うるさいなぁ‥あれでも私には発見だったの!」

「その無知ぶりでよく魔剣を追ってこれたな‥」

目付きの悪い瞳が僅かに丸く見開かれる。今度は本気で驚いているらしい。
相手に悪意が無いのは承知の上だが、これにはラミアも物申したい気持ちになった。

「大体‥貴方秘密多過ぎなのよ!別に身の上話しろって言ってるんじゃないんだから魔剣に関する知識くらい分けてくれてもいいじゃない!」

声を荒らげずっと胸にしまってきた不満をぶつけてしまう。

赤絨毯のロビー中に怒号が響き、疎らに居た他の宿泊客の注目を集めてしまったが、頭に血が上ったラミアには最早どうでもよくなっていた。

はーっはーっと息を切らして、それでもきっ!とデルタを睨む。

面倒臭そうに視線を逸らした青年に、更なる言葉を続けようと息を吸い込んだ瞬間‥

「あのぅ‥何かお困りですか?」

意識の外から掛けられた突然の呼びかけに、ラミアの肩がびくりと跳ね上がった。

咄嗟に右隣に顔を動かすと、黒縁メガネによれたスーツという出で立ちの、気弱そうな若い男が立っている。

「観光客の方かは存じ上げませんけど‥魔剣に関してお話ししてましたよね?」

おそるおそる、といった風に問いかけてくる男は、今確かに『魔剣』の名を口にした。

瞬時にデルタの眼光が剣呑さを宿し、威嚇するように相手を射抜く。

「あ‥いや、実は僕この国の魔剣伝説を研究してる魔俗学者やってて‥その‥まだ助手なんですけど。外国の方が魔剣の話してるのって珍しかったんでつい‥」

びくびくと怯えつつ歯切れの悪い自己紹介をする男は、懐から白い名刺を差し出して来た。

ウェルー国立魔法科大学研究所所属
ハイネ・ヒースウェイ

飾り気のない紙面に記された名前を受け取り、感心気味に「魔剣て学問にもなってるのね」と呟くと、「まぁまともに研究してるの僕だけなんですけど」と苦笑が返って来る。

「だから是非話を聞かせて欲しいんです!お代と言ったら何ですが宿賃ぐらいは出させて貰いますから」

「断る。貴様に話してやる事など‥」

「ありがとう!是非お願いするわ!」

番犬のように唸るデルタを押しのけ、ラミアは快い二つ返事を返した。

「おい‥」

「いいじゃない。宿賃の為だと思ってさ。それに学者さんだし、何かヒントをくれるかもしれないでしょ?」

一石二鳥じゃない、と説得するラミアに対し、魔剣士の青年は不満げに口をへの字に曲げてそっぽを向いてしまった。

「もー‥どうしてそんなに警戒するかなぁ‥」

老人の時といい、今といい、魔剣に関して詳しい人間に対する彼の攻撃性は、少し異常ではないかとも思える。
初対面だった頃のラミアにはそんな素振りを見せなかった分、余計に疑問だった。

気まずそうにその様子を見ていたハイネに、「気にしないで」と微笑みかけ、さっさとフロントへチェックインに向かう。

「お前は‥他人を信用し過ぎだ‥」

すれ違いざまにデルタが小さく囁いた言葉に、気付いた者はいなかった‥。

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