《MUMEI》
1
砂山哲郎は時々生物室にやって来て、染みついた酸などの薬品の所為で、独特な匂いの残滓に包まれて目を閉じる。放課後の教室に一人で残っていた子どもの頃の風景が蘇ってくる気がするのだ。誰もいなくなった校舎は、教室に居残ったり、部活動などでざわめく生徒の声もなく、続く静寂の時を過ごしている。
目を開けると、生物室は単なる教室に過ぎない。
薬品漬けにされた生物が入った幾つもの瓶が壁の棚に並んでいる。釣り鐘型をした鳥かごは、始め、慌てて解放しようとした所為なのか蓋が開いたまま横倒しになっていた。
世界は滅亡への道をゆっくりと進んでいる。昔日、誰もが知っていて、いつしか忘れ去られてしまった厄災の予言は、的中したと言えるのだろうか。
無人の学校に無断で暮らし始め、自分が認識していた教師の風体へとなりつつあるのに、妙な感慨を覚える。喪失したものへの郷愁なのだろうか。いや、無意味な歳月を経てしまったからなのか。相対するものがなければ、現状の価値もわからない。
大抵、雑多な感情を持て余している砂山は、日中、校内をうろつき回る。
散漫な意識で、最近の日課となりつつある場所へと、足を向けていた。

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