《MUMEI》
2
黒い鍵盤楽器が音楽室には残っている。苦心して調律を行った。
天板にのせてあった写真立てを移動して蓋を開けると、一曲を弾き始める。
日常が非日常へと変貌し、非日常が日常へと慣らされていこうとする日々の中で、砂山は抗うことを諦められなかった。まるで何かと闘っているかの言いようだが、その実、全てを捨て去ることができずに、今も同じ場所に立ち止まっているだけだった。
皆、何処に行こうとしていたのだろう。滅びてしまうのならば、何処だって同じだろうに。
思考がいつもと同じ地点に巡ってきたところで、久しく聞こえてこなかった、自分以外の者が発てた音がした。
「誰だ」
些細な音に、砂山は異常なほど敏感に反応する。誰何して振り向いた視線の先に、一人の少女を捉えて、驚きに胸を押さえた。薄汚れた子どものくせに、何処で形成されたものか妙に老成した雰囲気をも併せ持っている。随分遠方から彷徨って来たのか。
「あのふざけた注意書きをしたのって、あなたですか」
少女の言葉に、我に返る。

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