《MUMEI》

「今日で、10日目だよ。志鶴君」
明けない夜を過ごし始めて相手の言葉通り10日目
過ごせど過ごせど変わらないその様に、相手の愚痴る様な声も仕方がないことだった
だが播磨は適当に相槌を打つだけで
縁側へと腰を降ろし、(夜)に支配されてしまっているその景色を見やる
「……何なん、これ。真っ暗やん」
月の明かりも、星の光も見えない本当の(夜)
こんな中で日和は一体何を望むのだろうと
播磨は空を仰ぎ見ながらふいにそんなことを考える
「……あんなに暗いトコ怖がっとったのに」
やはり昔とは変わってしまったのだと
辺りを見回しながら、播磨は改めて実感させられる
「……俺、もうこんなの嫌だ」
「?」
また愚痴る様な声に、僅かばかり涙がにじむ
ソレをなだめてやるように頭を撫でてやり
「……ちょい、外見てくる」
相手へは此処にいるよう言って聞かせ、播磨は通りを歩き出だした
この(夜)の中、人は徐々にヒトとしての姿を失いつつある
唯々、黒い欲の塊と化したヒトの群れ
これは自分も末路かと、播磨は派手に舌を打った
「……ケリ、付けんとアカンか」
ソレはつまり、日和を殺す事に他ならない
最も取りたくはない手立て
願わくばそうならないように、と播磨は切に願う
「何を考えて見たところで無駄ですよ。播磨様」
ぼんやりと空を仰ぎ見ていた播磨へ掛けられた声
聞き覚えの在るその声に播磨は舌をうち
だがゆるりとそちらへと向いて直ってみた
「……何か用か?」
目の前に態々立つ相手をにらみつければ
だが相手は動じる様子もなく、播磨と対峙したまま
その表情には薄く笑みすら窺え、播磨は苛立ち舌を打った
「……手を、引いては戴けませんか?」
「はぁ?」
「日和様に取って貴方は日向。暗闇の中にある唯一の光」
「……訳解らん」
「暗闇の中の光は人を惑わす。あの方の(夜)に、迷いがあってはいけない」
だから消えろ、と相手は播磨へと明らかな憎悪を向け懐から脇差を取って出す
「夜さこい。夜さこい」
(夜)を求める声
ソレに呼応するかの用に足元から湧いて現れる(夜)
それ程までに居心地の良いものなのだろうか
波打ちながら段々と広がるソレを見ながら唯々眺めていると
「……触れてみれば、解る」
背後から声が聞こえ、向いて直れば其処に日和がいた
播磨の正面へと態々周り、肩に腕を掛けたかと思えば
そのまま日和は後ろへと倒れて行く
「一緒に、堕ちて。播磨」
徐々に徐々に夜へと沈んで行く互いの身体
播磨はされるがまま、日和の額に掛る前髪を梳いてやりながら
「……本当に、難儀な子ぉやな」
困った風に笑みを浮かべて見せる
一緒に堕ちてやるのは容易、だがそれでは何も変わらない
「……誰も、姫さんの事、否定なんかしてへんかったよ」
自分を認めて欲しかったと日和はそう言っていた
そう言いながらも、日和自身が己が存在を認めていなかった
否、認められなかったのだ
唯々、何も出来ない子供で
あの時出来たことといえば何も言う事なく素直に売られて行く事だけ
「……嘘。そんなの嘘。なら何故私は売られたの!?どうして私だったの!?」
その理由を、かつて播磨は聞いた事があった
日和のうちに生まれつき潜む(夜)
ソレは昼の明るさを穢し、人にさえも危害を加える
日和の両親はソレを恐れ、日和を遊郭へ入れることを決めた
閉鎖的なあの場所ならば被害は少ないだろうと
「寂しかった。ずっと、私一人で――」
「……俺が一緒に堕ちてやったら、姫さんは満足するんか?」
「出来る訳ない!」
「なら、どないしたらエエねん!?」
どうすればいいのかわからず、髪を掻き乱していると
ふいに、首筋に当てられた刃物
視線を僅かにそちらへと向けてやれば
「これ以上、日和様を、惑わさないで下さい」
全身(夜)に覆われた相手が其処に居た
面倒くさい、と播磨は派手に舌を打ち
素早く身を低く落とすと、相手の手首へと脚を蹴って回し刀を落としてやる
全身を(夜)に覆われた相手が、其処に居た
既にヒトとしての姿はなく、片岡は面倒くさいと派手に舌を打ち
素早く腰を落とすと、相手の手首へと脚を蹴って回し刀を弾いて落とす
ソレを拾い上げ、播磨は相手の喉元へと突きつけていた
「……少し、黙っとけや」

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