《MUMEI》
3
「ちゃんと元に戻しておいたろうな」
校舎建物に囲まれた中心部の中庭に、繁殖させた色濃い緑の植物の蔓で隠すように絡ませた、井戸がある。
側に、使った後はきちんと蓋を元に戻しましょう、などと書き殴った板を設置してあった。滅多に遭遇しないとはいえ、去来する不埒な輩に荒らされるのは本意ではない。遊びや冗談などではなく、実際に使用可能な状態に管理しているのだ。
彼女は学校の敷地を大分歩き回って来たらしい。
美咲いつ巳と改めて名乗った少女は、にやにやと笑いながらも敬語を使い、砂山の質問には頷いたので、良識ある人物として扱うことにする。
「ここで何を?」
「ピアノを弾いている」
訝しげに尋ねるので、堂々と答えてやる。
興味深そうな顔つきで、不躾な視線を向けてくるので落ち着かなくなって、彼女を連れて職員室に移動することにした。
合成の粉ながら高級品の珈琲をわざわざ振る舞ったのだが、いつ巳は数回しか口をつけていない。無理もないかもしれない。砂山も子どもの頃は美味いとは思わなかった。

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