《MUMEI》
7
「音楽室にあった写真立てを見せてもらいました。どうしてあなたはこんなところに一人でいつまでもいるんでしょう。あなたは写真の彼女に行くなって言わなかったんですか。そもそも、本当は、二人で地下に行くこともできたんじゃないですか」
感情の窺えない口調で、言葉が次々と降り注ぐ。彼女の瞳は強い光を放射し続けていた。
目の前の少女に何がわかるというのだろう。
彼女はまだ子どもで、地上の責任と義務から解放されているではないか。
説明したところで、現実の馬鹿げた虚しさは理解できないに違いない。
「欠けた十字架を掲げた教会に神は存在すると思うか」
突然の砂山の問いに虚を突かれたのか、いつ巳は口を半分開けたままになってしまう。
恋人は当局側の人間だった。方舟に乗り込む権利を最初から持っていたのだ。
彼女はきっと待っていて、と手を振った。表情はやはり思い出せない。
仕事に区切りをつけて帰ってきたら、あの教会で結婚式を挙げようと約束した。間際での、彼女にとって精一杯の譲歩だった。
恋人は砂山と二人で地下に下りるつもりだったのだろう。伴侶であれば、権利を与えられたのだ。
砂山が一人では獲得することができなかったものが、簡単に手に入った。
当時、彼女を拒絶した理由を明確な言葉にすることは今でも、できない。未来のためなのだと、生物室で開いた鳥篭にいた鳥のように、解放してやったつもりになっていた気もする。

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