《MUMEI》
終1
校舎を出ると、塀を辿って元いた場所に戻ってくる。
先刻、座っていた階段に少年が座っていた。
「遅かったやないか」
旅の道連れ、文句を垂れる少年の頭上を見上げると、欠けた十字架が掲げられている。
途上で出会った彼は、確か、東から来た男だなどと、古い映画の題名みたいな台詞で、自己紹介したのだった。
ふたたび鍵盤による旋律が聞こえてきて、しばらく。
二人で耳を澄ます。
「あの先生、何か言ってたやろ。なぁ、あの曲、何ちゅう名前の曲なの」
「……、道を教えてもらったよ」
「…ああ」
強く風が吹いて、前半がちゃんと少年の耳に届かなかったようだ。
黒い鍵盤楽器の上にあった写真立てには、微笑む一人の女が納まっていた。
一通の、差出人の名と住所が分からなくなってしまった手紙が手元にある。昔に届いた。
中には写真が同封されていた。恐らく写真立てと同一のものだろう。微笑む男女の並んだ写真に写っている一人は、砂山哲郎なる男で隣には、その恋人。
彼女は短い文面の手紙で自分を姉だと主張していた。
聞いたことのない姉の存在と、その女の容貌。
幸せそうに微笑む彼女は、自分の見かけと非常に似ていたのだ。
自己の起源への探求。旅のきっかけとしては充分だろう。

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