《MUMEI》
1.旅立ち
夜の闇を、四角く窓が切り取っていた。
その黒色の窓の外を、ふわりと白い欠片(かけら)がひとつ落ちていく。
と見る間に、白色の欠片はその数をあっと言う間に増やして、窓の黒色を染めようとするかのように、縦横無尽に乱舞し始めた。
食卓についてボンヤリと窓の外を見ていたアヤは、11歳の少女らしい無邪気な喜びに満ちた声で、キッチンの母親に呼びかけた。


「ママ!雪が降って来たわよ!!」


「あら....ほんとに」


キッチンからチラリと顔を覗かせた母のヨーコが、窓の外を見て少し顔を曇らせる。


「何だか外は寒そうね....」


母の憂悶(ゆうもん)も少女にとっては、理解の外だ。


「ねぇママ!パパはまだ帰って来ないの?」


現在の彼女にとってもっとも切実な問題を、単刀直入に母にぶつける。


母はそんな娘に苦笑を返すと、


「もうすぐ帰って来るはずよ。でも少し遅いわねぇ」


その顔に再び心配そうな色を浮かべた。


「もうパパったら、いっつもいい加減なんだからーー!!
早く帰って来ないと、料理が冷めちゃうじゃない!!」


アヤが口を尖らせて不満を言う。


食卓の上には、いつもの晩餐よりも豪華な料理が並べられていた。
それらの料理の真ん中に、巨大なクリスマスケーキが鎮座している。
クリスマスケーキには11本のローソクが、気高い騎士達の墓標のように佇立(ちょりつ)している。


そう....今日はクリスマスイブであると同時に、アヤの誕生日でもあるのだ。


この1年間でもっとも大切なイベントの日に、いつも留守がちな父親が名誉回復のために早く帰宅する訳でもなく、相も変わらず待ちぼうけでは、アヤの不満も爆発するとゆうものであった。
その不満は目前のケーキに対する激しい食欲と、密接に結びついていた。


アヤのお腹の中で、ヨダレを垂らしながら飢えた狼が(ぐるるる)と唸り声を上げた。


もう、食べちゃうよ?
先に食べちゃうよ?


アヤの頭の中では、先程から同じフレーズが繰り返し流れ続けている。

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