《MUMEI》 その輝きを見た瞬間、アヤの心を今まで経験した覚えの無い、不安の影が包みこんだ。 アヤは無意識のうちに食卓から立ち上がると、その赤い輝きの元を確めようと、そろそろと窓辺に歩み寄った。 「どうしたの、アヤ?」 背中の母の声に、答えるのも忘れて。 だが窓に顔を近づけたアヤの前で、赤い輝きは幻のようにすっと消えてしまった。 黒い景色の中で、相変わらず白い雪片が舞い踊っているだけだ。 「ううん。何でもない」 そう答えるアヤの声に被さるように、玄関から(ドン!ドン!) と荒々しい感じでノックの音が響いてきた。 「あら?パパが帰って来たのかしら?」 どこか不審そうな母の声は、そのノックの響きに、いつも父が鳴らすのとは違う不穏な何かを感じた為だろうか? 「ママっ!」 アヤは何故か本能的に叫んでいた。 だが後の言葉が続かない。 本当はこう言いたいのだ。 出てはいけない....と。 それは説明できない衝動であった。 アヤが警告する間も無く、不安そうな娘の顔に微笑みかけると、母は玄関へと向かう。 アヤの心に一度生まれた不安の影は、消える事無く膨(ふく)れ、育ち続けている。 アヤは再び吸い寄せられるように、黒い窓を見た。 すると.... 闇の中で赤い輝きが2つ、またもや浮かび上がった。 その輝きの正体を知った瞬間、アヤは きゃっ! と短い悲鳴を上げて飛びのいていた。 その2つの輝きは.... 何者かの眼であった。 赤く輝く2つの目玉。 人間の眼では無い。 だが動物でもこんな風に輝く、赤い眼を持つものが存在するだろうか? その赤い眼が宿しているのは、底知れない悪意であった。 アヤは魅いられたように腰を抜かしたまま、その赤い眼を見つめた。 部屋の壁に埋め込まれたTV電話が、受信を示す赤いランプを点滅させている。 赤い眼は再び闇に溶け込むように、消えた。 アヤは我に帰って、リモコンを掴むとTV電話を通話に切り替えた。 画面に映ったのは父のダイスケだった。 蒼白な顔に汗がびっしりと浮かんでいる。 「パパ?!」 「ヨーコ!アヤ!誰かが訪ねて来ても絶対にドアを開けるな!! いや、今すぐ家を出るんだ!! 叔母の家に行け!! パパは後で合流するから! 頼む!!何も聞かずに今はパパの言う通りにしてくれ!!」 錯乱している。 それはアヤが生まれて初めて見る、父の表情だった。 「おお!神様、お願いします!」 呻くような父の声の後、玄関の扉の開く(カチャリ)とゆう音が、アヤの耳に届いた。 前へ |次へ |
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