《MUMEI》 「夫はまだ、帰って来てはいませんが....」 母が訪問者と応対する声。 その声はすぐに、警戒に満ちた叫びに変わった。 「何をなさるんですか?!」 玄関で母が訪問者ともみ合う音がする。 そして続けて起きた母の悲鳴が、 どくん!! と、アヤの心臓を大きく振動させた。 どくん!どくん!どくん!どくん! どくん!どくん!どくん! どくん!どくん! どくん! 心臓の高鳴りと共に世界が揺れ動く。 冬の寒さから隔絶した、暖かいアヤの世界が。 母が胸を押さえ、よろめきながら部屋の中に戻って来た。 胸を押さえた掌の下から、赤い色の液体が滲み出ている。 「アヤちゃん....逃げて....」 その胸にもうひとつ赤い花が咲くと、飛び散った液体がケーキの上に降りかかる。 (まるでイチゴシロップみたい) アヤの脳裡(のうり)を掠めたのは、笑うに笑えない連想だった。 TV画面の中で何か喚き続けている父の声も、今のアヤの耳は全くとらえていない。 力尽きたように膝を折り、床上に崩れる母の姿を見ても、心は夢の中にいるような非現実感に包まれていた。 そして.... 楽園を血で汚した侵略者が、部屋の戸口に現れた。 侵略者は二人だった。 まるでメン・イン・ブラックのように黒いシルクハットとサングラス、黒いスーツに身を包んでいる。 二人の男の芝居じみた格好が、アヤの中の非現実感をますます強めた。 先に入って来た男の手の中には、黒光りする拳銃があり、銃口に取り付けられた筒状の消音器(マフラー)からは、細い煙が立ち上っていた。 「お願いします....娘には手を出さないで....」 呻くように頭上に手を伸ばした母の手が、パタリと床に落ち、 その傍らを雪と泥の跡を着けながら、土足で侵略者が入ってくる。 「お嬢ちゃん、パパは帰って来ているかな?」 前へ |次へ |
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