《MUMEI》

アヤは、自分に向けてゆっくりと持ち上がる銃口を見た。
黒い死の穴を覗きこんだ。


それは床上に横たわる母の眼の中にも宿っている。


それから少しでも逃れようと、尻を床に付けたまま後ろにいざって行く。
轟々と鳴る頭の中の雪嵐は、ますます激しく叫喚(きょうかん)を強めている。
雪嵐の中で赤く輝く眼を持つ怪物が、不気味な歓喜の唸り声を上げながら、一見でたらめに走り回っている。


それはすぐにアヤを見つけると、悪意に満ちた両目を真っ直ぐにこちらに向けて来た。


もう逃げられないぞ....


赤い眼がにぃーっと笑うように、細まっている。


それを証明するように、アヤの背中が硬い壁の感触を捉(とら)える。


「悪く思うなよ、お嬢ちゃん。これも仕事なんでね」


うああ....


アヤの喉の奥から追い詰められた生物の放つ、絶望の呻きが漏れた。
呻きは喉の肉をこじ開けて、すぐに大きく育っていった。
まるで赤い眼の怪物の咆哮(ほうこう)のように....。


うあああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!
!!!!!!!!!!!!!!!!!


「おい、やかましいガキを早く黙らせろ!」


黒服の一人が、脳髄をかきむしられるような叫びに思わず耳を塞ぐと、アヤに銃を向けている相棒を急(せ)き立てる。


「ああ。すぐ済むよ、お嬢ちゃん」


銃を向ける黒服も頭痛をこらえるように、眉間にしわを寄せながら返事をすると、引き金(トリガー)に掛けた指にゆっくり力を込めていく。


ああああああああああああああああ!!
!!!!!!!!!!!!!!!!!!


アヤの意識は黒い叫喚の中に、フェイドアウトした。


次の瞬間、発射された弾丸の先にアヤの姿は無かった。

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