《MUMEI》
彼の家。
「…先に入れ」
「お邪魔します…」
 そこから歩いて3分ほどの距離に彼の家はあった。
 2階建ての白くてシンプルな外見の一軒家。
(…!?)
 家の表札には「Wakatsuki」と透明なガラスにサンドブラストで施されていた。
(ここって、まさか…!?)
 ―叶人さんの実家?
 そんな考えがカナの頭の中をよぎる。
「そこで待ってろ」
 家の中に入れられたところで彼に待機を指示される。彼はまっすぐに家の奥に行った。暫くして彼はタオルを持って戻ってきた。
「…ありがとうございます」
 カナは、彼から黙って差し出されたタオルを受け取った。それでびしょびしょに濡れた身体を拭いていく。
「いったい、何があった?家出か?」
 彼は少し気怠げに訊いてきた。
「家出じゃないです…」
 カナにとっては、そう答えるのが精一杯だった。
 さっきのことを思い出すとあの痛みが蘇る。自分の家で他人が叶人に触れていて、彼は彼女を拒もうとせず、カナに対して無言のままだった。彼女は『私達の邪魔をするな』と言うように―――。
「………っ」
 その場から離れていても、思い出すだけで、あの痛みがカナの中に蘇る。辛くて、胸が張り裂けてしまいそうな、あの苦痛が。
「…すまない、きいて悪かった」
 気づけば、涙が零れていた。泣いても過去は変わらない、目の前に居る彼を困らせるだけ、そうわかっている筈なのに。
 ―――ふわり。

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