《MUMEI》

「……何で、笑えるの?君は」
押し殺す様な声で問うてやれば
「嬉しいんだ。やっと、この悪夢から目覚める事が出来るから」
ありがとうな、と少年は笑みをメリーへと向ける
駄目だ、この夢をこのまま消す事は出来ない
約束をしたのだ、助けてやると
「諦めないでよ、簡単に!!」
メリーの叫ぶ声に羊が口を開く
息を吸い込み始めれば軋む様な音が聞こえ、そして辺り一帯に罅の様なものが入った
「出るよ。此処から」
ガラスが割れるように徐々に崩れ、また別の景色が姿を現した
目の前に現れたのは、メリーゴーランド
だが以前のそれとは違い、馬も馬車も全てが揃っていた
「……よく、その子供を連れ出せたな。夢喰い」
くるくると回るソレに乗る一つの影
ヒトの身体に馬の頭を持つ夢魔、ナイトメア
ようやくその姿の全てをメリーへと見せる
「返して、もらうよ。この子も、この子の夢も」
銃口を差し向ければ、ナイトメアは肩を揺らし
ソレから降りる事をすると唐突に壊す事を始めた
「いいぞ、返してやろう。全てを壊した、その後でな」
「 ――!?」
「私は悪夢の中でこそ生きられる。後もう少しでこの夢は完全に私のものだ」
高笑うナイトメアにメリーは僅かに舌を打つ
それだけは、駄目だ
そんな事になってしまえば少年も少女も、永遠にこの夢にとらわれたままになってしまう
どうすればいい、とメリーが思案していると
羊がどうしたのか、ゆっくりとナイトメアへと歩み寄って行った
(寂しかったの?)
僅かに聞こえて来たのは羊の、少女の声
ナイトメアは妹の方を徐に見やり、そして歪んだ笑みを浮かべて見せる
「俺に、そんな感情があるわけがないだろう」
(あるの。アナタは只、知らないだけ)
自身の中にある寂しいという感情に気が付いていないだけだと少女
ナイトメアの脚元へと歩み寄り、そして宥めてやるかの様に擦り寄って行った
(あなたの中に寂しいという思いがあるからこそ、この夢は未だに悪夢にはなり得ていない)
その声に、ナイトメアは僅かに肩を揺らし妹を物宜しく掴み上げる
正面から見据え暫く無言の後、妹を徐に放り投げていた
「……そんな話しに興味はない。どうせ、この夢は直に壊れるのだからな」
吐き捨てるように言うと、ナイトメアの姿が景色に溶け始める
夢になり、そのまま壊れてしまおうというのか
ソレに気付き、メリーが止めに入るよりも先に
妹が、ナイトメアの脚に縋り付いた
(この夢は悪夢じゃない!もう少し待って!)
懸命に訴える事をする妹
暫く対峙した後、ナイトメアからため息の様なソレが聞こえてくる
「……どうしろと言うんだ」
待ってどうなる、どう変わるのかとナイトメア
妹はふるふると身体を震わせ、ソレを見守っていきたいのだと返す
「……解らないやつだ。ソレを何故俺に望む?」
(解らない。でも、そうしたら私も、あなたも、きっとちゃんとした夢になれる)
そうなりたい、との妹へ
ナイトメアは暫くの無言の後、僅かに肩を揺らした
「俺がそうなれるまで、お前が一緒に居てくれる訳か?」
(あなたが、そう望んでくれるなら)
妹の言葉に、ナイトメアは驚いた様な顔をして見せたが
すぐに表情を綻ばせ、妹を両の手で掬って上げた
「……ソレも、悪くないか」
初めてみせた、穏やかな表情
妹をその腕に抱くと、その姿は段々と薄れて行く
(夢喰いさん)
その寸前、妹が徐にメリーを呼ぶ
何かと返して遣れば
(お兄ちゃんを、お願い。きっと沢山、後悔しちゃうと思うから)
傍に居てやってほしいと言い残し、妹はナイトメアと共に姿を消した
後に残ったメリーと少年
呆然と座り込んでいた少年がどうかしたのか徐に立ち上がり
そして歩き始めた
どこへ行くのかを問うてやれば
「……喰ってくれよ。夢喰い」
顔だけを振り向かせ、そして発した言の葉
いきなり何を言い出すのかと訝しめば
「……そうすれば、きっと俺はあいつに償える。だから、夢喰い――」
喰ってくれと改めて懇願される
縋ってくる少年を暫く見降ろしていたメリーだったが
徐に、その口を開いていた
「……さっきも、僕言ったよね。簡単に、諦めるなって」
「……夢喰い?」
「君は、さっきの妹の声、聞こえなかったの?」
妹は、少年の死など望んではいない

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