《MUMEI》
機械じかけの少女
4限目の授業の終わりを告げるチャイムが響き、校舎内に生徒達の話し声と足音が飛び交い始める昼休み。

男子も女子も、皆各々仲の良い友人同士で集まり、持ち合わせの弁当を広げたり、駆け足で食堂の席取りに向かう。

体育が苦手な奴も、勉強が嫌いな奴も、クラスカーストの上も下もない。この時間だけは、誰もが好きな場所で、自由に、楽しそうな笑い声をあげている。

旭はこの時間が一番苦痛だった。

一年前、この桜崎高校の女子生徒として入学してから、九条旭はずっと独りだった。

理由は単純。彼女が周りと比べて異質過ぎたのだ。

旭はこの辺りではトップクラスの進学校であるこの学校に、首席で合格した。入学以降もその成績は一度として落ちることはなく、体育、音楽といったその他の科目も常に上位を維持し続けた。

尤もそれだけなら、ただの優等生で終わってくれたのかもしれない。

旭は、他人の‥云うなれば人間の気持ちがよく分からなかった。

それは喜怒哀楽の基本的な感情から、他愛もない冗談まで、一体皆は何を考え、何に興味を持ち、何を嫌うのか、全てが理解の外だった。

クラスメイトとの会話など噛み合う筈もなく、旭が窓際の席で孤立するまで、そう時間はかからなかった。

加えて、旭と他の生徒達との間には、決定的な違いがある。

それは‥‥

「ほんと、ロボットみたいだよねー何でもかんでも完璧だからって気取ってるんじゃない?」

不意に投げつけられた棘のある言葉に、旭は読み掛けの本から視線を持ち上げる。

軽そうな女の声だった。顔をしかめて辺りを見回すと、右斜め前の席の女子集団が歪んだ笑みを浮かべながら此方をチラチラ見ては何かを耳打ちしている。

またいつもの嫌がらせだった。

あのグループのリーダーは確か学業成績が旭に次いで優秀だった。しかし、まだ一度も旭を抜いた事はない。

それ故か、時たまああやって取り巻きと一緒に旭を攻撃してくるのだ。

その証拠に、集団の奥の方で陰口をたたく長い黒髪の女子生徒は、嘲笑に酔いしれる取り巻きとは違い、その瞳に隠しきれぬ敵愾心を燃やしていた。

旭は両手の本を閉じ、黙って席を立つ。
向かう先は一番人気のない北校舎3階の女子トイレだ。
元々昼休みの大半はいつもそこで過ごしている。

何故なら、旭は昼食を取る必要がない‥否、取れないからだ。

誰もいない静寂の廊下をひとり歩きながら、ずきりと痛む胸を抑える。

この感情が、『悲しみ』という名前を持つ事は、最近知ったばかりだ。

思えば、あの女子生徒たちの罵倒も、実はかなり的を射ていると言えた。

そう、旭の正体は正真正銘、ロボットなのだから。

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