《MUMEI》

「さて....と....」


砂埃を残して走り去るバスの背中を見送ると、アヤは手元の写真と、眼の前の建物を見比べた。


「間違いない。このカフェバーだわ!」


キャリーバッグをごろごろ鳴らしながらカフェバーに向かう。
近づくにつれ、店内から野卑な笑い声と音楽が聞こえてくる。
アヤはゴクリと唾を飲み込むと、西部劇の酒場でお馴染みのスウィングドアを押し開け、店内に入った。
スウィングドアを潜ると同時に、音楽と騒々しいざわめきに包まれた。
あまり馴染みの無い空間の中におずおず踏み込んだアヤの耳に、客達の会話が飛び込んでくる。


「このあいだ行ったバーのポールダンサーがよー、すげえ美人なのにおっぱいが3つもありやがったゼー、げはは!」


「マジかよ?俺も今度行ってみっかー!」


どうやら客層はあまり良くないらしい。


「そりゃオメエ、突然変異....ミュータントって奴だろ?」


「宙国のデケー工場が、毎日飽きもせず毒煙をモクモク空に撒き散らしていやがるからな〜」


「空だけじゃねえよ。川も地上もずい分汚染が広がってるらしいぜ。10年後には手足が2本づつの人間のほうが、珍しくなってるかも知れんぜ?」


おしゃべりしている酔漢の側を通り過ぎる。


「おお!ぴちぴちの姉ちゃんが来たぞ〜。ちょっと酌してくれよぉ」


シカトする。


慣れない酒場の雰囲気に胸をどきつかせ、ひたすら足元を見つめながら進んで行くと、


「ごめんあさぁせー!」


向かいから近ずいて来た誰かとぶつかりそうになり、危うくアヤは立ち止まった。


眼の前にあったものは....


げっ?!おっぱい!!


上半身裸のおっぱいの先端に星印のシールを張り付け、ミニスカートのお尻を勢いよく降りながら、お盆にビールを載せた娘がすれ違って行く。


パパったら、こんなお店に?!


アヤは自分の足が意思と裏腹に、回れ右をしようとするのを感じた。


駄目よ、アヤ!駄目!駄目!


まだ旅は始まったばかりなのに、こんな弱気な事でどうするの?!


アヤ、がーんば!


アヤは自分に言い聞かせると、決然と顎(あご)を上げた。


行く手のカウンターを鋭く見据え、真っ直ぐ歩を進める。


スツールに腰かけ、カウンターに肘を付いた時には、腰のホルスターに輪胴式拳銃をぶちこんだ、早撃ちガンマンになりきっていた。

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