《MUMEI》 1「初めまして。私、羽田 アゲハと申します」 着物の鮮やかな色彩が、やけに目を引いた 広い座敷、そこに居住まいをただし座るのは一人の少女 恭しく頭を垂れると、少女は上座に座る男の傍へ 「糸野 隆臣様。お目に掻かれて嬉しく思います」 顔を上げた少女ははにかむ様な笑みを浮かべて見せる 何を疑うこともまだ知らない純粋な目 嫌いではない 「……アゲハ、だったか。いい名前だな」 アゲハの黒く艶の良い黒髪を指で梳きながら何気なく呟けば それがくすぐったいのか、アゲハは僅かに身を竦ませる 「……隆臣様。隆臣様は、羽田の家をどう思っておられるのですか?」 「どう、とは?」 質問の意図が分からず問うて返せば アゲハは僅かに笑う声を漏らし、徐に着物の裾をたくし上げると素足をのぞかせる 「……羽田に軽はずみに近づくと、蝶に喰われますよ」 「それは忠告か?それとも、警告の方か?」 「蝶は美しばかりでは居られない。身を守る為ならば毒をも吐きます」 「それは、怖いな」 僅かに糸野が笑う事をすれば、アゲハは糸野の手を掬う様に鳥 その手の平へと唇を触れさせる それは服従の表れか、それとも 「……面白い。唯籠の中に在るだけの蝶などつまらんからな」 皮肉ってやればアゲハは笑みを浮かべたまま 「ご安心を。羽田の蝶は、気性が荒いですから」 「なるほど。それは、お前の事を言っているのか?」 「さぁ。どうでしょう」 声を上げ、笑い始めた 食えない娘だと糸野も肩を揺らし立ち上がる 「どちらへ?」 座敷を辞す糸野へアゲハの問う声 糸野は立ち止まれい首だけを振り向かせると 「散歩だ。お前も来るか?」 アゲハへと手を差し出してやる 穏やかな笑みはそのまま、アゲハは頷くと糸野の手に己がソレを重ねた 「……貴方の手を取ってしまったら、私はこのまま貴方に囚われてしまうのでしょうか?」 笑みは絶やさないままアゲハは糸野の手を取る 細い手首 少しでも力を入れてしまえば折れてしまうのではないかと思えるそれ その手首に糸野は蝶の型をした火傷の様な痕を見つけ 糸野の視線に気づいたアゲハがやんわりとそれを隠した 「行きましょう。隆臣様」 糸野の手を引き、早くとせがむ この少女は何かを隠そうとしている、そんな気がしてならない 「隆臣様?」 脚を止めてしまった糸野へ小首を傾げるアゲハへ 糸野は何でもないを返し、また歩き始める 暫く互いに何を話すでもなく唯歩いていると、不意にアゲハが脚を止める 「……隆臣様は、お花はお好きですか?」 脚下にひっそりと咲いていた小さな花 花びらを指先で撫でながら、アゲハが徐に問うてきた 嫌いではない アゲハの手を掴み、糸野はその指を突然に舐める 甘い 花の蜜でもついたのか、仄かな甘みを感じる 「蜘蛛は花の蜜など好まぬでしょうに」 小さく笑いながらアゲハは指を引き抜き、そして糸野の袖をたくし上げ 覗いた手首、そこに黒く這う様な蜘蛛の痣の様なソレがあった 「……貴方も、囚われているのですね」 その痣を見、アゲハは小さく呟く 何の事かと糸野が問い掛けた直後 「アゲハ様、隆臣様。少々宜しいでしょうか?」 声がかけられた 「皆様が居間にてお待ちでございます」 お早く、とせかされ、糸野らはその相手の痕へと続いた 通された居間 そこには、糸野・羽野の親族が皆揃っている 上座へと勧められ、そこに据えてある座布団へと腰をおろせば 全員の前へと膳が運ばれてくる 今宵は祝いの席だと乾杯の声が上がり それぞれが食事を始め、談笑を始める 「こんなに賑やかなのは久しぶりです」 その様を見、楽し気に声を上げるアゲハ だが不意に、その笑みが失せる瞬間があり ソレが、ひどく気に掛る 「隆臣様。私の顔に何かついていますか?」 アゲハの顔につい見入ってしまえば、その視線に気づかれる 首を傾げてくるアゲハへ 糸野は何でもないを返すと酒を煽り始めた 「隆臣様。どうぞ」 空になった杯へとアゲハが酒を注ぐ 浮かべたその微笑の浦で何を思うのだろうか 一度、その腹の中を全て暴いてみたいと、そんな衝動にかられる 「……お前は、面白い女だな」 アゲハの腕を引き、糸野はその腕に抱いてみる そのまま着物の裾をたくし上げ、覗く生足へと触れてやれば 前へ |次へ |
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