《MUMEI》
Prolouge
「…久しぶりだな、樒。」


背後から声がかかる。

俺の体は反射的に振り向いた。


「こた、にぃ……?」


その声の主を理解する前に振り向いたものだから、随分ゆっくりとした返答になってしまった。

懐かしいその名前を呼ぶと、彼は微笑んだ。


「成長したな。」

「当たり前でしょ。何年経ったと思ってるのさ。」

「さあ、何年だったかな?」

「…俺も覚えてないや。」


ぽつり、ぽつりと静かに会話が進み出す。
雨音の様に不規則な会話。

ふと、琥太にぃが寮の方(と思われる)へ歩き出した。
こんな広い敷地内だと、やって来たばかりの俺なんかでは迷いそうなので、その後ろを着いていく。本当に、学校とは思えないほどの広さだ。


「郁兄は元気?」

「ああ。相変わらず可愛くないがな。」

「嘘。昔から郁兄のこと一番可愛がってるの、琥太にぃじゃない。」

「…まぁ、あんな奴を扱える人なんて、そうそういないからな。」


郁兄だって、何も昔からひねくれていた訳じゃない。でも、その話を出すのは自分の傷を抉るに過ぎないから、誰も話そうとはしなかった。
…琥春さんなら遠慮なく話すかも。


「…なぁ、樒。」

「……ん?」


ふと、琥太にぃの声音が真剣なものになる。彼の後ろを歩いているから表情は窺えない。


「…今でも、星詠みの力が嫌いか?」


重く問われたそれに、すぐに返すことができない。

俺は、星詠みという特殊な力をもっている。別にその力を持つ人は他にもいるのだが、俺の場合はその強さが問題だった。
本来の星詠みの力と言うのは、未来の出来事が見える能力である。その力が強い程短い感覚でそれが見えるし、映される未来も長くなる。
俺の場合は四六時中数秒後の未来が見えている。脳内に未来が見えない時と言えば、眠っている時くらいだ。

でも、俺の星詠みの力はそれだけに留まらなかった。
未来が見えると同時に、人の心まで見えた。いわば、人の心の汚い部分を見続けて来たようなものだ。

それ故に、この力が怖かった。


「……俺は、この力が嫌いなんじゃないよ。」



星詠みの力に助けられてばかりなのに、愛することが出来ない。


そんな自分が嫌いなんだ。


「……そう、か。」

琥太にぃはそれ以上なにも言わなかった。

射手座寮内は暖かいのに、俺たちを取り巻く空気は冷たい。


「ここがお前の部屋だ。」


仕切り直すように普段の声音で告げられ、俺もそれに応える。


「角部屋なんだね。」

「あぁ。後で隣の部屋の奴に挨拶しといてやれ。」

「うん。…隣はどんな人なの?」

「お前と同じ一年生で、クラスは宇宙科だ。自信満々で全部完璧にこなしやがる。」

「…一番妬まれるタイプだね。」

「でも、お前に似てるかもな。」

「俺に……?」


何だか意味深なものを含ませた言葉を呟くと、琥太にぃは職務があるとかなんとかでそそくさと去ってしまった。

一人取り残され、取り敢えず自分の部屋に入る。淡白な部屋だが、生活はしやすそうだ。
荷物を下ろし、今夜必要最低限のものだけを机に出した。もう日もくれているし、本格的に荷物を出すのは明日でいいだろう(因みに明日は日曜日だ)。


一息ついて、気になったのは隣の部屋の生徒。未だに、数秒後の未来に彼は登場していない。

ものすごく気になってしょうがなかったので、俺は再び廊下に出て隣の部屋の扉を叩いた。____________

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