《MUMEI》

アゲハはくすぐったそうに身を竦めた
「……この先は、宴が終わってからにしましょう。ね」
笑みを浮かべ、アゲハは糸野の手をやんわりとどける
そして徐に立ち上がると、座敷から庭へと降りた
何をするつもりだろうか?
皆が注目する中、アゲハは懐から扇を取って出し
そして舞う事を始めた
ふわりふわり
爪先立ち、まるで跳ねるように舞う
「……矢張り、蝶か」
皆がその優雅さに言葉を失い魅入る中
糸野も立ち上がる事をすると、庭へと降りた
「隆臣様も、ご一緒に」
差し出された手
その手を鳥、糸野はアゲハと舞う事を始めた
一瞬とも、永遠とも取れる様な朱鷺が流れ
そしてアゲハが扇を閉じた音が響いたと同時にそれは終わる
暫くの静寂、そしてなり始めた拍手に
アゲハは満足そうな表情を浮かべると糸野の手を引き歩き出した
何処へ行くつもりかを問うてやれば、だがアゲハは何を答えることもない
そのまま敷地内に在る竹林へとアゲハは入っていき、そして徐に止まる
「見てください。ほら」
指を差したその先に、大量に飛ぶ蝶の群れ
その群れの置くには巨大な蜘蛛の巣が三重
そこには蜘蛛が捉えられていた
あの蜘蛛はどうなるかを何気なくアゲハへと問うてみれば
「……まだ、喰いません。時が、満ちれば」
「蜘蛛を、喰うか」
自らが張った糸に捉えられ、その身を蝶に食まれる
その瞬間、一体どんな感じがするのだろうか
それはそれで面白いかもしれないと、糸野は肩を揺らした
「今夜は、満月。隆臣様と褥をともにできるのが楽しみです」
空を仰ぎ見ながら言葉通り楽し気に笑うアゲハ
そのまま暫く歩いていくとそこに、一軒の古めかしい庵が見えてくる
ソレは糸野投手が伴侶を得た際に生活を営む事になる住居
その古風な造りに、アゲハは珍しいのか小走りに戸を開いた
「お帰りなさいませ。隆臣様」
先に中へと入り、そして糸野を出迎える
その表情はまるで、ままごとを楽しんでいる子供の様なソレ
跳ねる様な足取りで奥へと進んでいくアゲハ
その脚が不意に止まった
「脚に、何かが……」
脚元に違和感を覚え、アゲハが下を向いてみれば
白い糸の様なものが大量に脚へと絡まっていた
何なのだろうと膝を折るアゲハ
その背後、ゆるり何かが揺らめいていることに糸野は気づき
アゲハの身体を横抱きに抱え上げていた
「隆臣様?」
突然ぉソレにアゲハは糸野の方を見やる
糸野は何を言ってやる事もせず、アゲハを抱えたまま寝室へと入っていった
そこに敷いてあった布団へとアゲハを下してやり着物の帯を手を掛ければ
「……先に、湯浴みをさせてください」
とのアゲハ
身綺麗にしたのだとのソレに糸野も納得しアゲハを連れ浴室へ
入って来いと下してやれば、アゲハは糸野の肩へと手を掛けながら
「隆臣様も、一緒に」
上目遣いで誘ってくる
この相手、儚げな蝶かと思えばその実そうではない
この蝶は蜘蛛をも喰らう異形種、ソレに身を投じてみるのもまた一興だと
糸野は肩を揺らしながら着物を脱ぎ始める
アゲハも同じに脱ぐことを始め、仄かな照明の下その肌があらわに
着物が微かな絹擦れの音を立て落ちれば、そこに
男とも女とも取れない、不可思議な肢体が現れた
「私の身体、珍しいですか?」
全てを露わに、アゲハは糸野の肩へと腕を回す
甘く見上げてくるアゲハに、糸野の支配欲がゆるり頭を擡げてきた
「……そう。アナタはそうでなくては。私を、喰らい尽くして下さいませ」
まるで乞うようなソレ
その真意は矢張り分からず、アゲハの素肌に糸野は触れてみた
「……お前は、一体何がしたい?」
問うてみるがアゲハからの返答はない
唯々楽し気に、糸野の身体を抱き返すばかりだ
「……ソレは、まだ秘密です。もう少し、その時が来れば」
話す事をするから、とのアゲハへ
糸野はやれやれと肩を落としながらも、それ以上聞くことはせずにおいた
瞬間アゲハが見せた、何かを憂う様な表情
何か、あるのだろうと感じながら、糸野はただ何を言うでもなく
アゲハの身体を抱き、髪を何度も梳いてやったのだった……

前へ |次へ


作品目次へ
感想掲示板へ
携帯小説検索(ランキング)へ
栞の一覧へ
この小説は無銘文庫を利用して執筆されています。無銘文庫は誰でも作家になれる無料の携帯・スマートフォン小説サイトです!
新規作家登録する

携帯小説の
無銘文庫