《MUMEI》 単発短編心は商売。 何でも、ボタンひとつでやれる時代になった。これは、本当に便利だとは思う。しかし、何かたりない。 なにかが。 「つまり、インターネットをつかえば。」 彼女の解説がはじまった。 「顔が見れないからいいのよ。相手の表情や、態度を気にしないで、なんでも話ができるでしょ、その方が本当のことを言えるとおもわない?」 と、彼女はいう。 「そうだねえ。」 と、僕はいった。本当はちがうのだ。僕は彼女と会話しているのがたのしい。 「ちょっとさびしいな。」 「なにを言ってるの、佐藤くん。ほんと、いつまでたっても大人にならないのね。」 うーん、何かちがうのだ。 「ほらしっかりして!寂しいなんて言ってられないわよ。いまからどこへいくのか、言ってみてよ。」 「言わなくていいよ。大学受験だろ。」 「そうよ。だから、コミュニケーションしなさいよ、私がいっていた質問通りに答えをだしてよ。大学受験じゃなくて、どこへいくのかをきいてるのよ。」 「東京大学。」 「言えるじゃないの。」 彼女は笑っていたが、僕はこういう会話が苦手だ。彼女は具体的な名前をいわないと、容赦しない。しかし、 「佐藤くん、私の質問すっぽかさないでね。」 というときには、非常にかわいらしくみえる。 数日後、縁あってか二人とも東大に合格し、入学した。彼女が、下宿できないため、学生会館にはいったから、僕は、学生会館の近くにあるマンションの部屋を借りた。入学して、しばらくは学校になれるため、おたがいに会いに行く暇はなかったが、五月病が流行する時期を越しても、彼女から連絡はなかった。不思議に思った僕は、何回も電話をかけたが、返事はない。これでは、彼女も質問をすっぽかしたことにならないだろうか? 十回目に電話すると、 「佐藤くん、もう、いままでみたいにあえないわ。他にすきな人ができたから。」 と、いう言葉で切れてしまった。 メールでは、あんなにうるさかったのに。質問をすっぽかす、コミュニケーションになってない。 よく解らない人だった。 それで終われたらよかった。でも、僕は彼女を忘れられない。彼女の、顔も目も髪も、みんな記憶していた。 それゆえに、あれほど思っていた、という、雑念もあった。 ある日、僕は、公園にいった。公園のベンチで、何か書いている男性がいた。いかにも高尚な老紳士である。 「ああの、ちょっと座らせてください。」 僕がおそるおそるいうと、 「いいですよ。」 と、にこやかにいった。 その顔は、テレビで見たことがあるようなきがする、特徴をもっていた。 「すみません。」 「なんでしょう?」 その声をきいて、僕は、ぴんときた。 「もしかして、川村重樹さんですか?」 「よくわかりましたね。ただ、川村重樹は芸名で、本名は鈴木重樹といいます。」 と、紳士は仰った。 「あれ、出生名も、川村重樹ではありませんか?Wikipediaでは、そうなってますが。」 「はい、結婚して引退したので、鈴木重樹です。」 「そうだったんですか!うちの家族はあなたのファンでして。突然引退宣言をして、どうしているのかと、思っていたのですが。」 「よくいわれますよ。今は、小説とか書いて生活しています。」 俳優の次は、物書きか。本当にすごい人だ。 「なんでもやれるんですね。作品、よませてくださいよ。」 「いいですよ。文庫であります。ただ、お若い方は辛くなるかもしれません。具体的にするために、日常生活のプラスマイナスを率直にかきました。」 「わかります、マイナスがあまりにも多いですから!」 「では、マイナス要素は、無視してください。私は、具体例を出しているだけ。タイトルは、心が商売、ですよ。」 「ありがとうごさいます。」 そういって僕は、頭を下げ、本屋さんに、直行した。 文庫の、新着売り場にその本はあった。 迷わずに購入してよんでみた。自殺してしまう、場面もあったが、人物は、以前の彼女のような人がおおい。 もはや、逃げ場所はないのだとおもった。 それは、マイナスではない。 |
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