《MUMEI》
下(1)
"真なき虚ろ(そら)"から"穢れなき青(そら)"へと、一直線に伸びている白く巨大な円塔。

その頂上を下から窺い知ることは出来ず、その迫力の前に「僕」はただ呆然と立ち尽くしていた。


塔の側面には、窓の様な穴が同じ大きさ同じ間隔で幾つも開いていて、よく見てみれば水に面した塔の一番下に
入口とみられる他より大きな穴が、ぽっかりと口を開けていた。

そして、また声が。



《こっちだよ》



先程までより感覚がしっかりしているからなのか、より鮮明に声が聞こえる。

今まで全く気にしていなかったことが不思議なくらいだが、声は女の子のものだ。


ふとそのことを思ったと同時にまた、あの懐かしむ様な気持ちを思い出す。




……何故なんだろう。

こんなに、懐かしくて……温かい。


………、何が?





――――あの声が。




「僕」は"彼女"の声に導かれるままに、塔の中へと足を踏み入れていった。












塔の中は、あの神々しささえ覚える様な外観とは裏腹に
薄暗くひんやりとしていた。

この暗さに目が慣れるまで暫く待ってから塔の内部を見回す。


すると、円塔であるが故に螺旋を描く
壁から飛び出した階段が上まで続いているのが見える。

そのまま真上を見上げれば、塔の天辺は開いているらしい。
僅かながら、見飽きる程見たとすら思うあの青空がその姿を覗かせていた。


そして、不思議なことに声はそこから降ってくる。

「僕」はその階段の一段目に足を掛けた。





階段を登っていくと途中から、壁に何故かしっかりと額に収められた絵画が飾られ始めた。

先を見ると、絵画は等間隔で壁に掛かっている様だ。


一枚目の前で足を止め、直接右手で絵に触れながらじっくりと眺める。




なんと言うか……下手な子供の落書きの様な。

エジプトのピラミッドの壁画としてでも描いてありそうな画風の、絵。



――向かい合う男女の上に羽の生えた子供が描かれている。



更に階段を上がって二枚目を見る。



――虫を追い、野山を駆け回る幼い子供達。


次いで三枚目、四枚目…と流し見るようにして階段を駆け上がって行く。



――何人もの子供達の中、目立たせるように赤で塗られた女の子と青で塗られた男の子。

――ボールを蹴る大勢の子等。

――小さな子供を抱き抱える青い少年。

――幸せそうな4人家族…………




何十枚にも及ぶ絵画が等間隔に掛け続けられている。




なんとなく…この絵、全部知ってるような……?




――赤い少女と青い少年を含む5、6人の集まり。

――寄り添い合う赤い少女と青い少年。


―――少女に向かって突っ込む一台の車。

―――少女を突き飛ばす少年。


そして絵画は次の一枚で途切れていた。



――全面が真紅で塗り潰された真っ赤な、絵。




――――い…ッ!!



真紅の絵を見た瞬間、頭に殴られたかの様な激しい衝撃が走った。


実際に殴られた訳では勿論ない。
しかし、強い痛みを神経が訴える。

思わずその場に蹲り、意味のないことと分かってはいても頭を抱えて痛みに耐える。



暫くすると徐々に痛みは和らいでいった。

顔を上げて立ち上がるも、足は震えている。




本当に……何なんだ。
今の衝撃も"彼女"の声も、訳の分からないことばかり……。



柵なんてない階段の左側から落ちてしまわないよう、壁に手をついて慎重に、そして黙々と階段を登る。

自分はどうしてこんなことに見舞われているのだろう、と疑問に思うと同時に
とにかく登っていけば何かが分かるのでは、という思いが強くあったからだった。

前へ |次へ


作品目次へ
感想掲示板へ
携帯小説検索(ランキング)へ
栞の一覧へ
この小説は無銘文庫を利用して執筆されています。無銘文庫は誰でも作家になれる無料の携帯・スマートフォン小説サイトです!
新規作家登録する

携帯小説の
無銘文庫