《MUMEI》
下(2)
只々ひたすらに歩を進めていたら、いつの間にか一番上にまで辿り着いていた。

塔の頂上は天井をくり抜いた様な形になっており、頂上に近付くにつれて壁から突き出ていた階段は壁に埋まっていく様に幅を狭め
最後の方は階段自体が塔の天辺となる形で、あまり自覚のないままに塔の上に出ていた。

塔全体で、一つの大きな螺旋階段といった様相だ。



次の段の無い、階段の一番先に突っ立って周りを見る。


先程までとなんら変わらない空模様が広がっているが、さっきと違うのは下を見てもどこが水面か分からないこと。
ただでさえ判り辛い境界線が、流れる雲と水面との距離との所為で更に隠れてしまっている。

まるで、本当に上空のどこかに佇んでいる気分だった。


ぼんやりと、雲の流れを眺め続ける。




――…ふと、違和感を感じた。



何かが欠けている様な、物足りなさ。


何かを見過ごした様な、喪失感。


足元が覚束ない様な、不安定感―――。







……あぁ。

"彼女"が……"彼女"の声が、しないんだ。




そのことに気付くと、途端に道標が無くなった様な感覚に襲われ、不安に駆られる。




いなくなってしまったのか……?
ここまで呼んだのは君だろう、一体何をさせたいんだ!?





――――――――………。



いくら待っても、"彼女"が応えてくれることはなかった。


何度辺りを見回したところで景色が変わることもない。

青い空と、白い雲。
足元の白い塔と更にその下にもう一つの空。

他には、何もない。



……………。



感じるのは、ひたすらに曖昧模糊とした寂寥。

そして、後悔。




こんな気分になるくらいなら……まだあの白いだけの街にいた方がましだった。

懐かしい気持ちに包まれて、ふわふわと彷徨う様に歩き続ける。

そのまま、ずっと。




考え事に没頭していた「僕」は気付かない。

塔の至る所に亀裂が入り、足元が崩れ始めていることも
自分の身体の色が空に溶け込み始めていることも。




そうだ。
こんな寂しくて何も無い所にいたって仕方がない。

探せば、あっちに戻る扉もどこかに在るかも知れない。





どんどん、崩れていく。
消えていく。




あっちに戻って建物をじっくり見て回れば、ここ以外のどこかに繋がる扉も在るかも知れない。

そうすれば、この哀しみだって――――




―――崩壊と融解が、止まった。




哀しい………?

「僕」は、哀しんでいるんだ。



……"彼女"が、いなくなったことに。

"彼女"は「僕」にとって、とても、大切な――…



その時、突然目の前に強い光が現れた。

あまりの明るさに眩暈を起こす。


階段から落ちてしまわないよう、しゃがみ込んで眩暈が治まるのを待つ。

頭に添えようと左手を上げた為に視界に入った、"それ"に気が付いた瞬間だった。

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