《MUMEI》
帰ります
「じゃ、そういうことで。俺、もう行くわ。片付け残ってるから」

レッカはそう言うと立ち上がった。

「そういえば、そろそろ父が帰ってくる時間ですけど」

凜は羽田を見ながら言う。

「え、今何時?」

聞きながら羽田は自分の腕時計に目を落とした。
すでに七時を過ぎている。

「あ!もうこんな時間なの?わたしも帰らないと」

今日はここに来るため、仕事を持ち帰っているのだ。
家で残りを仕上げなければならない。

 羽田も立ち上がると、レッカと共に部屋を出た。
二人を見送るため、凜も一緒に玄関まで降りる。


「そういえば、テラって何を食べるの?」

 玄関で靴を履きながら羽田はレッカに聞いた。
しかしレッカは「さあ?」と、ただ首を傾げるだけである。

「え、さあって?」

今度は凜の顔を見る。
すると、やはり凜も首を傾げる。

「そういえば、テラが何か食べているところって見たことないです」

「あー、俺も」

 凜とレッカは言いながら、羽田の肩に乗るテラを見た。
テラは目を丸くして二人を見返している。

「えっと……じゃあ、どう世話をすれば?」

 困った様に言う羽田に、レッカは「別に放っとけば勝手に自分でなんとかしてるよ」と肩を竦めた。
つまり、特に世話はいらないということらしい。

「そうなの」

 羽田は一応納得して、玄関のドアを開けた。
そして、目の前に広がる妙な光景に思わず立ち止まってしまった。

「なんだよ、早く行けよ」

後ろからレッカの声がする。

「いや、だってなんか」

羽田は言いながら凜を振り向く。
凜は何かに気付いたかのように小さく頷いた。

「テラがいるからですよ」

「テラが?」

「ところどころ、建物が二重に見えてるんですよね?」

確認するような凜の言葉に羽田は頷いた。
 ほとんどの建物は特に変わりないのだが、たまに二重に見える部分などがあるのだ。

「二つの世界の造りはほとんどが同じです。けれど、マボロシの襲来などによって壊れてしまった場所もある。そこが二重に見えるんです。修復が終われば、それもなくなりますけど」

 凜の説明に羽田はわからないながらも頷くしかなかった。

「まあ、そのうち慣れますよ」

「つうか、早く行ってよ。後、詰まってんだけど」

レッカが迷惑そうに眉を寄せている。

「あ、ごめんなさい」

羽田は慌てて外へ出た。

「じゃ、お先に」

実は急いでいたらしいレッカは片手を挙げて走って行ってしまった。
 羽田はその後ろ姿を見送ると凜の方を振り向いた。

「それじゃあ、津山さん。明日はちゃんと学校来てね」

「……たぶん、行きます」

微妙な返事をする凜に「来るのよ」と念を押す。
すると凜は、渋々といった感じで頷いた。

「それじゃあ、また明日」

羽田はそう言うと歩き出した。
少し歩いて振り向くが、すでに凜はそこにはいなかった。

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