《MUMEI》
「私」といふ者
ゆらゆら漂っている。

目の前は真っ暗。

目を閉じているのかしら。
…ふいに。

体が軽くなった。まるで、空に浮かんだみたいに。

…あれ?私は目を開けた。

なんか私が下にいるわ?

…手から血を流してる。眠ってるみたいに。

机に体を投げ出して、手首から血が出てる。

すごい、いっぱい。

ああ、私自殺したんだっけ。

人って案外簡単に死ねるのね。

「私」は他人事のように「それ」を見ていた。
お母さんが泣き叫びながら何か喚いている。「私」の体をがくがく揺すって。

それから数秒後、お父さんも駆け付けてきた。見たこともない形相だった。

「っ…!」

「……っ!」

聞こえない。なにを叫んでいるのか。
まるで音声を消したドラマを見てるようで。

お母さん、は私を抱きしめ。
お父さん、は泣きながら立ち尽くしている。

「私」はそれを二人の「上」から見下ろしている。

こうやってみると、「私」って案外可愛かったのね。体と魂が離れたら、なんだか自分じゃないみたい。元は「私」であった筈なのに。

血まみれの制服。机には、茶色い封筒。遺書と書かれてる。

「先立つ不幸をお許しください」

そう一言だけ、書いた。



「浅木小夜子って、あんた?」

いきなり呼ばれてびっくりした。急に音が戻ってきたんだもの。

私は後ろを振り向いた。

わぁ。

「おい、なんだ?」

死に神さん?本当にいるのね。黒のフードにデスサイズ(死に神の鎌)!

「ああ?まあ厳密に言えば死に神じゃねぇよ。死に神は神に選ばれた奴を狩るんだ。「これ」はお前のイメージの「案内人」だ。「俺」に姿形はない。迎えにくる奴の「姿」は人によって違う。家族の姿だったり天使の姿だったりいろいろだ。」

だから私の願望から来てるのかしら?この金髪碧眼の超絶美形な死に神様は。

「つ〜訳で浅木小夜子、享年16歳。俺はお前を連れに来た。49日後、あんたは無限地獄行きだ。」

…やっぱり死んでも楽にならないのね。自殺で死んだ人って成仏できないって本当なんだ。

「当たり前だろ。自殺は字の通り自分を殺すことだ。罪は償え。」

あは…なんだ。死んだってなんにもなんないじゃん。結構痛かったのに。

「お前なんで死んだんだ?理由くらい聞いてやる。」

あなたも結構ひどい人ね死に神さん。私はね、イジメられっこだったの。クラス中から無視されて…物は隠されるし、机は傷だらけで、いつも私、一人ぼっちだったわ。いつも泣いていたのに、誰も気付いてくれなかったの。
…ねぇ死に神さん。貴方は生きてても、地獄って、みたことある?
私には、これしか方法が、なかったのよ。

…「あいつら」から、逃げる方法が。

「くれぇな、おい。今時のガキは、そのぐれぇで死ぬのかよ。」

私は笑った。

そうね。イジメを苦に自殺。まるで珍しくもないよね。

「私」は北を向いて白い布団に寝かされて。綺麗な白と黄色の菊の花が供えられて。線香の煙が、たちのぼってる。ゆらゆら、ゆらゆら。

泣いているお父さんとお母さん。おじいちゃん、おばあちゃん。みんな泣いている。

音が、しないのは。
もしかしたら、最後の神さまの情けなのかも。
声を聞いてしまったら、
「私」は、

泣いてしまうかもしれない…


「泣くな。」

「お前は、「これ」を手放した。親を、悲しませた。その罪は、償わなければならない。」

…死に神さん。私は…不幸だったのかしら?幸せだったのかしら?

私は夢みたいに綺麗な死に神に尋ねた。

「さあな。それはてめぇが決めることだ。…ただ、罪を償い、清められた時は、また人間に生まれて来い。そんときはまた、「案内」してやる。」

…はい。

さようなら、私。

「私」は短い生だったけど。

生まれ変わった「私」は。

幸せに、なってね。

さようなら、浅木・小夜子…



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