《MUMEI》 だが蝶は糸野の手の平でどろりと溶け、指の間から滴り落ちていく 「以前にも申し上げたでしょう。身を守る為ならば蝶は毒をも吐く、と」 ソレに塗れた糸野の手を鳥、アゲハは舌を這わす 「甘い。とても美味しい」 唇を黒く染め得ながら、アゲハは糸野の手に着いたソレを綺麗に舐めとって言った 指を甘噛みしながら軽く吸う 笑っている、この状況で 「お義父様は、この子たちを穢してしまったのでしょう。だから」 「蝶に、殺された、か」 「はい。きっと」 浮かべた笑みはそのままにアゲハは頷いて見せた そして糸野の手を握り返すと 「隆臣様も、お気を付けて。不用意に蝶に触れたりなさいません様に」 死にたく無いのならば、と言の葉を続けアゲハは踵を返す 本当に、食えない娘だ ゆるり廊下を歩いていくアゲハの後姿を眺め見 糸野は僅かに表情を顰めると、廊下をアゲハとは反対に歩き始めた 「た、隆臣様。どちらへ!?」 側近からの声に糸野は睨む様に一瞥をくれてやると 出かけてくると短く返し、外へ 「あっ、隆臣!ねぇ、おじさんが死んじゃったって本当!?」 出るなり、やたら明るい声が聞こえてくる 手を振りながら走り寄ってくるその人物は糸野の従弟で在る糸野 初音 どうなって居るのかと説明を求めてくる初音へ 糸野も分からないままに首を横へ 「隆臣様。こちらの方は?」 行き成り現れた初音にアゲハが首を傾げる それは初音も同様で、互いが互いに首を傾げ始めていた ソレを見兼ねた糸野が止めてやり、各々に説明を始める 「隆臣様の、従弟の方でしたか。失礼いたしました。私、羽田 アゲハと申します」 穏やかな笑みを浮かべ、アゲハが会釈をする その動きの何と優雅な事か 初音はその様に見とれ呆然と立ち尽くしてしまっていた 矢張りこの蝶は蜘蛛を喰らう異形種 危険を察し、糸野は初音に取り敢えず座敷で待つ様言って向ける 「……これから、何が起こるのかな?」 初音のその言葉に糸野は僅かに表情をゆがめ だがこの場で明言してしまえば現実になって仕舞いそうだと言葉を飲み込んだ 「アゲハ」 初音に改めて座敷へ行くよう言って向けると、糸野はアゲハへと向いて直る どうしたのかを返してくるアゲハの腕を掴む様に引くと、そのまま離れへ 「……お前、何かしたか?」 オボテ度を閉じ、三和土から上がると糸野はアゲハへと問い詰める事を始める 凄む糸野へ、だがアゲハは相も変わらず微笑を浮かべたまま 「何の、事ですか?」 まるで自分は無関係だと言わんばかりに聞き返してくる 何もしていない筈がない 糸野は怪訝な表情を浮かべ、アゲハを押し倒した 「……私を、疑っていらっしゃるのですか?」 「当然だろう」 「何故、ですか?」 糸野に組み敷かれたまま、アゲハは暴れる事もなく糸野の方を見やる 「……お義父様は蝶を穢した。だから、亡くなってしまっただけです」 その死を悼むかの様な声色に反し、歪な笑みを浮かべて見せる唇 人の死を前に見せる表情では決してない その違和感に、糸野はアゲハを怪訝な表情で見やる そこで糸野はアゲハの全身に蝶の様な痣が広がっている事に気が付いた 「……私の中には無数の蝶が住み着いているんです。糸野に蹂躙され穢された、哀れな蝶たちが」 アゲハの表情が更に歪み、その手が糸野の歩へと触れてくる 触れられた瞬間感じてしまう違和感 糸野の手首にある蜘蛛の痣が痛みに疼く事を始めた 「……貴方の中にも、蜘蛛が住み着いている」 頬に触れていた手が糸野の腕を撫で始めれば その皮膚全体に蜘蛛の巣の様な痣がうっすらと浮かび上がる 「……貴方の意図は甘く蝶を誘う。私も、惑わされてしまいそう」 その痣に指を這わせ、アゲハは悦に入った表情を浮かべて見せ 糸野の腹をまたぐようにその上へと乗り上げていた 「貴方の糸ならば、安らかに逝けるでしょうか?」 瞬間、表情が失せ低く呟くアゲハ 一体、何のことなのだろうか? アゲハの言の葉の意味が瞬間には分からず、糸野は怪訝な顔 安らかに逝く つまり、この蝶は死を望んでいるのだろうか? どうでもいいはずのソレがなぜか気に掛り、糸野はアゲハの頬へと手を添える 「……隆臣様?」 前へ |次へ |
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