《MUMEI》 プロローグアキアの大地は、そろそろ乾期に入る。 渇いた草原に、ヤクバの群れがやって来る。狩りの季節だ。 「ナナミ。そろそろシナイに入る頃だ。カミナ村まで、あとどのくらいかかる?」 「シナイ草原は広いぞ、アトウ。馬でも十日はかかるだろうな。」 俺は舌打ちした。 「もっと食料を買っておくべきだったな、あと五日しか食い物がない。」 ナナミは苦笑した。 「あとは自給自足さ。幸いヤクバはまだシナイから動いていない、狩りをしながらいくさ。」 ヤクバは大きな草食動物で、肉も毛皮も取れる貴重な動物だ。一年に二度、乾期と雨季に草を求めて移動をする。野性の毛の長い牛のような姿だか、角が三本ある。普通の野牛は二本だか、ヤクバは額から大きな角が生えている。だから、古代クナト語で野牛の王=ヤクバと呼ばれている。 「しかし暑いな。一面草しかない。空が何処までも続くようだ。」 「アトウ、そうぼやくな。ヤクバ狩りに行きたいと言ったのはお前だろ。」 「村にいたら、また見合いをさせられるだけだろ。長老め、俺はまだ15だと解ってるのか?! この間なんか、クトの女戦士を紹介されたぞ!?」 「あははは!そうか、だから村を逃げ出したのか!クトとはな、あそこの女は強いぞ、筋肉の塊のような娘ばかりだ。」 確かに。あの二の腕のごつさ、引き締まった筋肉質なふともも、胸板の厚さ… あれはまさに戦士だ。 「笑いごとじゃないだろ!あんなところの娘じゃ尻に敷かれるどころじゃないだろ!」 それに、まだ俺は結婚なんかしたくない。 俺はナナミを見た。相変わらず、綺麗な男だと思う。俺達アキアの民とは違う、銀色の髪と碧い瞳。鋭利な美貌、とでもいうのだろうか。 銀色の長い髪は後ろで一つで束ね、黒の狩衣装がよく似合っている。 ナナミは、俺の生まれた時からの従者だ。 だが、俺は実の兄のように思っている。狩りや闘いが誰よりも優れているナナミ。 俺はナナミを尊敬してる。だから今は…こうしてたい。結婚なんかより、こうしてナナミと狩りや剣術の稽古をしていたい。 今だけでいいから… 「アトウ?どうした?」 「い、いや!なんでもない。」 「そうか?ならいいが。」 ナナミは気持ち良さそうに風に髪をなびかせた。 本当に、この銀色の髪は青空に映える。 「そろそろ腹が減ったな。馬も少し休ませよう。」 そう言って、ナナミは馬からおりた。道具ですばやく火をおこし、麻袋から干し肉とパンを取り出す。 俺はその辺に落ちていた薪を拾い、馬を適当な木に繋げた。 「アトウ。リマとナユに後で水を与えておけよ。」 リマは俺の馬。ナユはナナミの馬だ。 俺は桶に革袋の水をいれてやった。水は貴重品だ、節約しなければ。 「俺達も飲もうぜアトウ。」 ナナミは葡萄酒を片手にウインクしてみせた。 「おい。昼間から飲むな、飲んだくれ。」 「どうせまだカミナにはつかんよ、水がなければ酒を飲め、だろ?」 どっちが供の者か分からないな。俺はナナミのとなりにドカッと座った。 目の前には、干し肉とハーブのスープが、のほほんと湯気を立てていた。 俺達アキアの民は黒髪に黒い瞳。肌は象牙色だ。 これは古代クナト神族が祖先だかららしい。俺達は神の血を引く民。だか、同時に血塗られた反逆者の末裔でもある。 アルタ神族に闘いを挑み、人間を救ったクナト。クナトはもともと人間で、聖なる泉セトの水を飲み神の力を与えられたという伝説の戦士だ。 俺は、この髪の色もこの瞳も…大嫌いだ。 えぐり出したいくらい…嫌いだ。 この黒い瞳を、俺を…ナナミはきっと殺したいくらい、憎んでいるのだから。 次へ |
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