《MUMEI》

……ここの天然温泉の効果はすごい肌つやがよくなる。
人目を忍んで、ささっとあがってしまおう。

姿見のフォルムからデブってきてしまったのが窺える。

浴場は今の時間帯はスッカラカンだ、頭を洗って浸かってちゃちゃっと上がるんだ。

「石鹸、貸してください」

「はい、どう……」
なんて、ホラー。
さっきまで寝ていた先輩がいつの間にかま隣にいる。


「背中、流して?」

先輩の背中、筋肉は落ちたけどなんの遜色もない美しい肉体美だ、特に肩甲骨から括れて盛り上がる流線形、作り上がった下半身……。
バケモノみたいに豪快な打球と豪速球を放つんだ。

「は、はい。」
恐れ多くもこの完璧な体に触れる。

「メガネ無いけど見えるの?」

「ぼやけてます。」

「ここが、よく突っ張ったかんじする。手術痕見える?」
先輩が指で添えるように、肩の筋に触れさせてくれた。

「縫い目の痕わかります、いっぱい頑張ってくれて、ありがとうございました」

「もっと。」

「フォームが綺麗で、ファッション誌でも相変わらずの姿勢のよさです。」

「まだ。」

「立ち姿もですが、掌がいっぱい努力した皮の部厚い指で、触れると安心します。」

「それで?」

「目が、優しいです。自惚れてるかもしれませんが、こっちに向くとき、特別になった気持ちになってしまって、好き……」
あ、しまった。
罠だった、先輩を好きと言わせる誘導尋問だ。

「そう、アリガト。」
ニヤ、と薄い笑みを口許に浮かべているようで、俺はすっかりまた先輩のペースに飲まれていた。
「……狡いです。」

「どっちが、眼鏡くんが俺の気持ち試したんだよ?酷いよね、他の子ならキッパリ別れてたよ、こんなことしないし?」
別れる、と先輩の口から出てくると現実味を帯びて恐ろしい。
それをしなかったことも、俺にそんな価値があるとは到底思えなくて、先輩の足手まといにしかならないんじゃないかな。

「ここの、温泉気持ちよかったんでしょ?」

「はい!」
先輩らしき塊に引率されて、露天風呂に浸かる。足元が危ないから今まで一度も入らなかったが、外気がひんやりして、暖かいお湯と混ざって、今のぐちゃぐちゃな気持ちも沈めてくれた。

「……なに?」
見つめていると、視線に気付いてこちらのピントが合うまで間近に寄ってくる先輩、触ると本物の温度だった。

「やっ、や、本物だなあって。」
「本物だよ、ほら。」
目を閉じて、俺の掌を操作し、頬に当ててくれたり、鼻をつまませたりする。
すごい、すごい……

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