《MUMEI》

そのまま橘は教室へと戻っていった。彩原も橘に続いて小走りする。


(なっ……んだよ、あの野郎!!!)


そのときから俺の中で、橘への敵意が増していったんだ。


そして数ヵ月後の、委員長に体育館に閉じ込められたあの日…


「もとはと言えば、桐生が毎日僕に突っかかってくるからこうなったんだぞ」


「なっ……!!」



確かにそうかもしれんが、売られたケンカを買ってた橘も同罪だろ!?


しばらく続いた口論の末、沈黙が訪れた。気まずい空気の中、ただただ時間だけが過ぎて行く。

その中で俺は冷静になって考えていた。


(さっき橘、会食がどうのとか言ってたな…今電話中だけど、大丈夫なのか?)


家に電話していた橘だが、やがて電話をきり、こっちに向かってくる。暗がりの体育館の中だからか、よくは見えないけどなんだか気難しそうな顔の橘の姿が見えた。


(家の人になんか言われたのか?)


「…ん、終わった」


携帯をポケットにしまい、俺の座っているとこの近くにストンと座る橘。
また沈黙が訪れる。


俺は橘の気難しそうな顔を見て、思わず謝った。


「…悪かった」



だが橘の野郎…俺が珍しく真剣に謝ると、とたんに大笑いしだした。俺は激しく後悔し、橘の口を塞ごうと前に乗り出した瞬間。


「うわっ!?」

「ちょ…おい!?」


橘が足を滑らせてしまったのか、頭を打ちそうになった。俺は「危ない!」と思い、とっさに橘を庇った。そしたら、俺が橘に押し倒されてるような体勢になってしまった。


「わ…悪い、桐生。今退くから」


そのとき、橘の後ろに束ねていた長い髪が顔にかかり、ほんのりと女が使うようなシャンプーの香りがした。だからかな……俺は何を血迷ったのか、とんでもないことを言い放ってしまった。

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