《MUMEI》
2
「隆臣様、今日はどちらへ?」
翌日、その日は朝から雨が降っていた
先日に突然亡くなってしまった糸野父の葬儀が内々に執り行われ
ソレも簡素で早々に終わり、糸野は喪服も気が得ないまま雨降る庭へと降りていた
何気なく歩き出した糸野へ
輪の喪服に身を包んだアゲハが足音も静かに歩いてくる
「……お前こそ、何処に行くつもりだ?」
同じように庭へと降りてきたアゲハへと問う事をしてみれば
アゲハはまるで舞うかのように糸野の前へと立った
「私は、隆臣様に付いて行ってみようと思って」
付いて行っても構わないかと笑みを浮かべるアゲハ
糸野は答えて返す事はせず
アゲハへと一瞥を向け、そして改めて歩き始める
ソレを諾と受け取ったのか、その後ろにアゲハも付いて歩き出した
「隆臣様、見てください」
歩く最中アゲハが徐に指を差す
その先には仲良さげに寄り添って飛ぶ番の蝶々
すぐ傍らには木から糸でぶら下がり、その様を眺めているかの様な蜘蛛が居た
「……可哀想。蜘蛛は、あんなにも大きな巣を張っても、いつもそこに一人なんですよね」
それを眺めアゲハは呟き、手を伸ばす
蜘蛛に触れようとでもしたのか
だが触れる事は出来ず、その蜘蛛の巣は解けてしまった
「……壊して、しまいました」
すぐ様手を引き、申し訳なさそうに顔を伏せる
随分としおらしい表情も出来る
糸野は僅かに肩を揺らすと、アゲハの髪を徐に梳く
「隆臣様?」
何を笑っているのかとアゲハは小首を傾げて見せる
だが糸野はその実を言ってやる事はせず
アゲハの指に絡まった糸を伝い登ってくる蜘蛛を見つけ、指先で捉えていた
「私が壊してしまった巣に居たのでしょうね。とても小さい」
糸野の掌に載せられた蜘蛛を憂う様に眺め見るアゲハへ
糸野は手を出す様言って向け、その手の平に蜘蛛を置いてやる
「かわいい」
手の上を這い回る蜘蛛を怖がるでもなく、その様を眺め見た
「隆臣様。私、この子を飼ってみようと思います」
「飼う?その蜘蛛をか?」
「はい。このまま放り置いてしまえばこの子は死んでしまうかもしれませんし」
その為に籠を用意しなければ、と微笑みながらアゲハは身を翻す
ひらりふわり、跳ねる様な足取りで部屋へと入っていく様を眺め見ていると
アゲハが振り返り、手を招いた
「隆臣様。一緒にこの子が住まえる籠を探してくださいませんか?」
何か無いものかと部屋中を探し始める
そんなもの有りはしないだろうと糸野は溜息を吐いたが
ふと思い出すものがあった
「これでどうだ?」
言いながら出してやったのは今は使わ亡くなった小さな香炉
煙を昇らせる僅か穴が開き、上下に分かれるそれを見たアゲハは瞬間虚を突かれた様な顔
だが可愛らしいソレにすぐ表情を綻ばせていた
「とても、かわいいです。これを戴いても宜しいのですか?」
「俺には必要の無いものだからな。それでよければ使え」
「ありがとうございます。隆臣様」
渡してやれば嬉しそうにそれを受け取り
その中へと蜘蛛を入れ眺め見る事を始めた
すっかり魅入っているアゲハをその部屋に残し、糸野は部屋を辞す
「……籠山、いるか?」
長い廊下を歩きながら、徐にヒトの名前を呼ぶ
丁度廊下の突き当り、その声に答えるかのように人影が現れる
「……羽田に、探りを入れてみてくれ。あの家には、無いかある」
「何か、とは?」
「それを調べてほしいんだが。頼めるか?」
「……御意に」
短い諾の返事と同時にその姿は消える
さて、何が出てくるか
それをまるで楽しみにでもするかの様に糸野は笑みを浮かべ
身を翻すと、アゲハの居る座敷へと糸野は戻っていった
アゲハは香炉に閉じ込めた蜘蛛をその小さな穴から覗き込んでいた
「楽しいか?」
アゲハの手の平に乗っていたそれを取ってやり、糸野も覗き込んで見る
薄暗い香炉の中
蜘蛛は忙しなく動き回り、その中に巣を張り巡らす
掛る獲物など無いというのに
「自分の糸に捕らわれてしまったら、この子はどうなるのでしょうか?」
「死ぬだけ、だろうな」
自らの糸に捕らわれてしまえば逃れる術など無い

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