《MUMEI》

喰われることもないまま、唯朽ちるその時を待つしかない
「この子はこのままでは自らの糸に捕らわれてしまいます。そのときは、助けてあげても良いと思いますか?」
「それを、俺に聞くのか?」
一体、どんな返答を期待しているのか
その表情からは相も変わらず何も読み取る事は出来ない
本当に分からない相手だと、糸野は肩を揺らした
その問いに答える事は今は出来ない、と
「……怖いのですか?その道を辿ってしまうかもしれないことが」
僅かに嘲笑を浮かべて見せるアゲハへ
糸野は再度肩を揺らすとアゲハの顎へと指を添え引き寄せる
「お前は、俺がそうなる事を望んでいるんだろう?}
「はい。その時は私が助けて差し上げます」
絡んだ糸をちぎって解いて
その瞬間を想像しているのか、アゲハは悦に入った顔
上目遣いの色濃い表情に、糸野はそのままアゲハの顎を引き寄せ、そして
唇を重ねていた
「隆、臣様?」
「お前は、まるで幼子だな」
様々想像し、それをさも楽し気に口にする
ひどく、そして残酷なこともその笑顔のままに
「……そんな私は、お嫌ですか?」
「嫌、ではないな。寧ろ好みだ」
糸野が口元に笑みを浮かべて見せると、アゲハも返す様に笑みを浮かべて見せる
よかった、と小声で呟くと、脚取りも軽やかに踵を返した
「アゲハ様、隆臣様、少々宜しいのですか?」
走り出したかと思えば、丁度そこを通り掛った使用人に声を掛けられた
何事かと尋ねる事をしてみれば
「……羽田の御頭首様が、いらっしゃいました」
来客があった旨を伝えてくる
羽田の頭首、つまりはアゲハの父親の来訪
出ない訳にもいかないだろうと、糸野は重たげに腰を上げた
「…アゲハ?」
ふいに着物の裾を引かれ、、向き直って見れば
アゲハは糸野を見上げ、緩々と首を横へと振って見せる
若干青ざめて見える表情に、どうしたのかを問うてみれば
「……何でも、有りません。ごめん、なさい」
すぐに手を話し、いってらっしゃいませと頭を垂れてくるアゲハ
何でもないという顔ではない
父親に対する恐怖すら感じさせるその表情に、糸野は怪訝な顔
何故これほどまでに脆く変われる?
分からない娘だと顔を顰めながらも、糸野は来客を出迎える為表へ
「お久しぶりです。隆臣さん」
穏やかな笑みを浮かべ、糸野へと頭を垂れる目の前の相手
羽田家頭首・羽田 椿
再度、改まった礼をしながら
「お父上の事、聞きました。お辛かったでしょう」
哀悼の意を述べてくる
態々黒の着物を着込み、その言葉のみを言いに来たというのか
何の表情も無い顔で椿の方を見やれば
「ところで、アゲハは居ますか?」
アゲハの所在を問うてくる
このまま通しても良いものだろうか?
先のアゲハの様子を思い出し、糸野は躊躇するが
断るのもどうかと考え一応は通すことに
「アゲハ、入るぞ」
返事を聞く事もせず、襖を開ける事をすれば
そこには異様と言うにふさわしい景色が広がっていた
座敷一面に散らばる蝶の死骸
その中に埋もれるかの様に横たわるアゲハの姿が
このありさまは一体どうなってしまっているのだろうか?
糸野には分かる筈もなく、唯呆然としていると
「……寝を、始めてしまいましたか」
椿がため息交じりに呟いた
一体、何事が起ったのか
まるで電池でも切れたかのように倒れ伏すアゲハの様を糸野は見やる
「ご心配には及びません。これは、いつもこうなってしまうので」
困惑してしまっている糸野へ
椿はさも当然の出来事だと言わんばかりに笑みを浮かべ
脚元に散らばる蝶の死骸を一羽拾い上げた
「どうにも、私はこの子に嫌われてしまっている様で」
困ったものだと苦笑の椿
肩を落胆したかの様に落としながらアゲハへと歩み寄る事をし
額に掛る前髪を書き上げてやろうと指先を触れさせた、次の瞬間
「……触るな。ヒト風情が」
アゲハの目が突然に見開かれる
それまで聞いたことの無い低い声色
明らかにアゲハそのもののそれとは違っていた
「……どうやら、見るのは初めてのようですね」
「あれは何だ?」
アゲハであって、アゲハではない何か
寝入るアゲハに、糸野はそういう印象を受ける
「あの子は、蝶に付かれているのですよ。我が家に代々伝わる月見蝶に」
「月見蝶?」

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