《MUMEI》

「で、混ぜ終わったら、これに入れてな」
温まったのか。微かな煙を上げ始めるフライパン
佐藤は小さく頷くとフライパンを凝視し
そして意を決したかの様な重々しい表情で卵を流しいれた
「……出来た」
「いや、まだだから」
卵を流し入れ、一息つく佐藤へ
三浦はフッと肩を揺らしてやるとフライパンを佐藤へと手渡してやる
行き成り渡され、慌てていると
「フライパンの端に卵を集めてひっくり返す、と」
佐藤の手に三浦は己が手を添えてやり、フライパンを捌いてやる
くるりときれいにひっくり返ったオムレツ
三浦は皿を鳥差し、佐藤へと渡してやった
それに乗せろという意図が伝わったのか、佐藤は頷き何とかオムレツを皿へ
「出来た……」
皿に盛られたオムレツを眺め、小さく呟く佐藤
出来上がったそれを感慨深げに眺め見、そして三浦へと食べても良いかを尋ねてくる
三浦はまた肩を揺らすと、召し上がれとスプーンを渡してやった
「美味い?」
出来上がりを伺ってやれば、佐藤は頷き
そしてもう一口スプーンで掬う事をすると三浦へと差し出してきた
食べて見て、とのソレに三浦も食べてみる
「……美味しい?」
初めて自分が作ったそれの味がやはり気になる様で
顔を覗き込んで来る佐藤へ、三浦は先に佐藤がしたように頷いて返してやった
「……良かった」
安堵したかのような笑みを浮かべて見せる佐藤
出会った当初に比べると随分と表情が増えてきた
その事に三浦も安堵したのか肩を揺らす
「……あ」
不意に佐藤は時計を見やり小さく声を上げる
何事かと佐藤の方を見やれば立ち上がり、そして
「……ちょっと、出掛ける」
身を翻した
そのまま出て行ってしまう佐藤、三浦はその後を追うて見る事に
微妙な距離を保ちながら歩く二人
何処へ行くのだろうか
距離もそのままに唯黙々後を付いて歩けば
着いた先は近所にある近所にある駅だった
「……電車に誰か待ってんのか?」
電車に乗るでもなく、唯改札の前で立つだけの佐藤へ
その横に三浦も並び、佐藤の見るほうを同じように見やる
丁度帰宅時なのか、仕事帰りらしいサラリーマン達が続々と改札を出てきた
だが目的の人物はいないのか、佐藤は動く事はしない
次の電車が到着し、また人が降りてきても
佐藤はその群衆を見送るばかりだ
「……帰る」
「もう、いいのか?」
目的の人物がいなかったのか、佐藤は頷く事をすると身を翻していた
帰路を進みながら、だがやはりまだ気になるのか僅かに首だけを振り向かせる
「……居る訳、ないんだから」
独り言に呟いて、佐藤は改めて歩く事を始め
その後に三浦も続く
誰を、待っているのだろうか?
気になりはしたが、それを今の佐藤に問うて質すのは酷の様な気がして
何を聞くことも三浦はせずに置いた
取り敢えずはこれからどうするかを改めて聞いてみれば
「……帰ろ」
短く返し、佐藤は三浦の手を取ると踵を返し帰路に付く
三浦の手を引いたまま歩く佐藤、見ればその姿は何となく寂しげで
その全部を分かってやれれば、受け止めてやれるかもしれないのに、と
未だ分からない佐藤の旨の内に、三浦はもどかしさを覚えるばかりだった……

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