《MUMEI》

驚愕と共に、私は悟りました。


奴が帰って来た事を。


ガサガサと迫る何者かを振り返る事なく、私は全力疾走で坂道を駆け上がりだしました。


牛の屠殺場の裏塀を通り過ぎてさえしまえば、十メートルほどで坂道のてっぺんです。そこに着きさえすれば人家があるのです。


ぜーは!ぜーは!と息を切らせ、心臓を破裂させそうにしながら走る私の目に、
いつも以上に坂道の頂上は遠くに見えます。


その間も私は、確かに感じていたのでした。
背後すぐの距離に迫る奴の存在を....フォースを....。


しかし、とにもかくにも、


いつもより三倍は長く感じられる頂上までの距離を、見えない追跡者を振り切ってなんとか私は走り抜きました。


人界にたどり着いた私は、心の中で両腕を高々と掲(かか)げ


「うぅィナーーっっ!!」
↑(winner)


と雄叫びを上げるのでした。


体を折り曲げ、両手を膝について呼吸を整えようとする私を、近所のおばさんが
胡散臭げな顔でちら見して通り過ぎ、
夕焼け空を数羽のカラスが旋回しながら、


あほーー。あほーー。


と、人を小馬鹿にするように鳴きつつ飛んでいました。

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