《MUMEI》

「先刻は悪かったな……。恋人と月一しか会えなくて苛々しててつい二郎に手ぇ出そうとした……」
風がひんやりと乙矢の髪をなびかせた。
乙矢なりに気持ちが落ち気味だったようだ。


「溜め込む前にそうやって、言えばいいのに。」
乙矢の後ろ姿だけでも絵になる。緩く繋いだ指をもう一度力を込めた。


「……ちょっと見栄張ってた。二郎の前では頼れる兄貴分でいたかったから。

でもそんな必要無くなったな。小暮さんがいるし、七生もいる。」



「乙矢もいるよ。」
振り向き様に抱き着かれた。


「二郎って、無防備だな。」
乙矢は素早く離れる。



「そーなのかな……でも皆、俺の反応面白がっているんでしょ?」
突然の抱擁に心臓ばくばくするけど顔には出さない。


「皆本気なんだって。よく無事だったよ。俺が数秒遅れてたら小暮さんに喰われてた。
まさかと思うだろうけど、あの人は危険な人種だから一人で近付くな。」
真顔だから否定する訳にもいかず頷いてしまう。



「乙矢さ、いつから俺のこと好きだったの」


「会った瞬間から。今は違うけどね」
乙矢は憑き物でも取れたみたいに大きく伸びをする。
実際そうだったのかもしれない。
普通が好きな俺のために、乙矢は踏み止まって今まで言わないでくれていた。

どこかでわだかまってた過去の気持ちを七生と付き合い始めた俺にぶつけて精算したかったんだろう。


「恋人はどんな人?」
最近の乙矢は生徒会役員等実に積極的に人と関わっている。この目覚ましい発展は恋人のお陰なのか。


「言わない」


「親友だろ!」


「親友でも。じゃあ二郎は俺に七生の好きなところ言えるか?」


「言わない」
二人の視線が合って可笑しくてしょうがない。

「いつか七生とそんな関係になる気がしてた。
二郎は七生ばかり追い掛けて七生は二郎ばかり心を許していたからね」
街灯下で照る乙矢の横顔は、普段の冷厳な態度を少しだけ溶かしていくようだった。

彼の新しい面を垣間見た。
誰もがそう、たくさんの自分を持っていて、誰かに見つけて貰いたがっている。

今日は七生に電話しよう。
新しい美作乙矢という親友を祝して。

前へ |次へ


作品目次へ
感想掲示板へ
携帯小説検索(ランキング)へ
栞の一覧へ
この小説は無銘文庫を利用して執筆されています。無銘文庫は誰でも作家になれる無料の携帯・スマートフォン小説サイトです!
新規作家登録する

携帯小説の
無銘文庫