《MUMEI》
モヤモヤした何か。
「ほらこれで1000円切ったよ!」

喜びの声をあげたアキが、小躍りしそうな勢いで牛肉をカゴに放り込む。

わたしは小さく溜息を吐いて、目の前の飯嶋さんに対して口を開く。

「よく会いますね」

少し嫌味なくらいの口調だったかも知れないけど、その時のわたしにはどうでもいいことだった。


「いえいえ、面と向かってお話するのはまだ2回目ですよ」

「話をするつもりはそんなにないんですけど」

かなりトゲのある言葉で返してしまう。


「ねぇ、怒ってんの?なんか怖いよ」

横からアキがひょいと顔を覗いてくる。

「この店員さん、すごいいい人じゃん」


いい人なのは分かってるんだけど、その登場の仕方と云うか、天然っぽさがなんか引っかかるんだよ。

心の中で呟く。


「あ、いつも一緒にいらしてる方ですよね。はじめまして、精肉担当の飯嶋良樹です」

「ども、アキです」



今だから思うのだけど、わたしは多分、アキを他の人に取られるのが怖かったんだ。

だからこんな風に仲良くされる場面を見たくなくて、飯嶋さんに冷たい態度をとってしまったのかも知れないな。


そんなのアキの勝手なのにね。

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