《MUMEI》
「勇者(仮)の働き」
考えていても、答えは出ない。グルルヌも曖昧で意味の通じない言葉で説明するから尚の事手に負えない。
今は伊桜を連れて、逃げる。
女子生徒の群れは俺達を追う。足取りはゾンビのように遅い。
これなら、逃げ切れる。
そう思ったのも束の間、ドン!と壁にぶつかったように俺の体は弾かれる。
尻餅つき、上を向くと、
男がいた。
女の群れの中に男がいた。
「ん?」
なんか見覚えがあった。
メガネをかけ、一見地味に見えるが、やはり地味なこの男は…………。
「えっと…………佐々井くん?」
伊桜が言う。おお、佐々井くんか。只でさえ人の名前覚えるの苦手なのに地味だと尚更だ。
「…………笹屋疾人《ささや しつと》です」
違うじゃないか…………。
ふと疑問を持った。この笹屋は意識がある。
どんな手を使ったかは知らないが、女子生徒達は操られ、意識のない傀儡状態だ。何故か今は見守る様にピクリとも動かない。
…………明らさまに怪しい。
「大丈夫?」
目の前にいる俺を横切り、後ろにいる伊桜へ手を差し伸べる。
特に理由はない。
ただ何となく、俺は笹屋が伊桜へ差し伸べる手を遮った。
笹屋の腕を掴み、離さない。
「…………なんで僕の手を掴むの?」
静かに問いかける。微かに苛立ちが混じっていた。
本当に特に理由ないんだけどな…………。
「なんとなく、伊桜に触れるのが嫌だった」
パッと思い付いた言い訳。すぐに思い付いたから、もしかしたら本心かも?
笹屋の腕を離し、多少強引に伊桜の腕を掴み起き上がらせた。
「君はいいの?」
当然の反応かもしれない。
「俺はほら、こいつと幼なじみだからさ」
伊桜、俺の順に指を差しながら言った。
こいつの本質が見えていた。だから何度も試すように畳み掛けている。
俺の予想が正しかったら、こいつの正体は―――――
「…………へえ、そんなこと言うんだ」
笹屋が呟く。
俺は聞き取れたけど、伊桜は聞き取れなかったようだった。
まあヤバい感じの女子生徒に襲われて、笹屋に心配されて、俺にこんなことを言われてるんだ。混乱してもおかしくない。
「ただ幼い頃親しかっただけで…………今も親しくなれるのか?」
押し留めていたものを吐き出すような声。
「幼なじみだと言うなら、僕もそうだったはずだ!小中と一緒で、高校も無茶して一緒のを選んだ!それなのに隣にいるのはお前で!僕は名前すら覚えられていない!なんだそれ!!」
悲痛の叫び。メガネ越しから真っ赤に充血した眼光で俺を突き刺す。
「叶わないなら、この手でぶち壊してもいいよねえ!?」
一斉に女子生徒が動き出す。
操っているのは笹屋に断定した。
「殺したって、いいよねえ!?」
笹屋がこの様子じゃ、伊桜にも危害を加えかねない。
これはマズイな…………。
「何時まで余裕綽々に構えているつもりだい?」
グルルヌの声が脳内に響く。テレパシーが使えるとは驚きだ。
…………仕方がないかぁ。痛いの嫌いだし、少しは抵抗しよう。
ズボンのポケットから金色に輝く指輪を出し、右手の中指に装着。
「A・Tフィールド展開!」
俺の掛け声に反応し、指輪の中心部からドーム状にバリアが広がり続ける。
「え、ええ?葉月ちゃん…………?これって…………」
狼狽える伊桜を一瞥し、笑いかける。
「勇者(仮)の俺に任せとけ」

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