《MUMEI》 伝えられない想い「…あ……か、髪…染めたんだ…」 風に吹かれた綾女の髪は、少し茶色くなっていた。 「…早く帰ったら?」 僕の質問には答えずに、綾女は言った。 「…あ……」 “似合ってるね”そう言いたかったけど、言葉にできなかった。 そんなことも言えない自分に苛立ちを感じると同時に、さっきの考えが頭を過った。 ──もし、綾女に彼氏ができたら 男の為に髪染めたの? そもそも綾女って好きな人いるの? 僕のこと、どう思ってるの? 僕は綾女が大好きだよ 昔みたいに、笑って欲しいんだ いろんな話をして 僕の名前を呼んで 言いたいことはたくさんあるのに、全部言葉にできなくて、胸が痛くなった。 「あんた今日おかしいよ、早く帰んなよ」 綾女が溜め息混じりに言った。 「ノ、ノート…渡そうと思って…」 「あぁ…それ、別にいらないから」 「そ、そっか……ごめん」 確かに綾女に取りに行くように言われて取りに戻ったノートなのに、いらないの一言で済ます綾女に、理不尽さを感じたけど、僕は何故か謝った。 「いいから早く帰んなよ、あたし家入れないし」 「……うん」 綾女に言われて、僕は家に帰った。 いつもは無言で入る暗い家に向かって、“ただいま”と言ってみる。 一人暮らし同然の家の中から、僕に応えてくれる声なんかあるわけもなく、僕は自分の部屋に入って、パソコンの電源を入れてから、ベッドに横たわった。 薄暗い部屋の天井を、ぼーっと眺めていると、矢野さんの言葉や綾女のことが頭の中をグルグル回って、苦しくなった。 綾女には男らしい人が合う。 綾女もそういう人を選ぶだろうし、誰に聞いたって綾女には僕なんかより、そういう人の方が合うって言うだろう。 でも…… やっぱり僕は…、おめでとうなんて言えない。 ずっと綾女を見てきたのに、いきなり現れた奴が綾女を幸せにするなんて、綾女に触れるなんて許せない。 前へ |次へ |
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