《MUMEI》
忘却にて
「平常心、平常心……」


ひたすらそればかりを唱える私に彼はこう言った。


「なんともまあ愚行やで」


そしてその締まりのない口元は話続けた。

「平常心なんてのは死人でも持てる。ガキの頃はあわてふためいてたらええねん、年食うとそうはいかんくなるんやから。人間、感度のあるうちが華やで。本意も不本意も、そのあるがままを思い切り感じればええんや。それが人間なんやから」

そんな冗漫の文章をその口に乗せ、私に聞かせた。普段の冷淡さを考えると今夜はやけに弁舌。ほんの少しのアルコールのせいかもしれない。



本来なら今夜も月が綺麗なのだろう。けれど私にはどこに魅力を感じればいいのかもうわからないのだ。


今の乾いた心にこそ、彼の乾いた言葉たちが必要なのに。

私が当時とてつもなく感化されたお説教の内容すら、今じゃところどころ忘れてしまってる。



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