《MUMEI》 止まっている今ならば捕まえられる、とアゲハは庭へ降り蝶の元へ 何故止まっているのか訝しむ糸野がそちらを凝視すればそこに 糸野は極細い糸が張り巡らされている事に気が付いた 「アゲハ、触るな!!」 糸野の制止の声に、だがアゲハは聞く事はせずそのまま触れてしまう 降れた瞬間、蝶が引き裂かれたかのように散り散りになり そしてアゲハの全身にその意図が絡みついていた 「……蝶々、捕まえた」 視界が霞んでしまいそうな程の糸の中に見えた人影 誰かと凝視してみればそこに、初音が立っているのが見えた 段々と近くより、見えたその表情はどうかしたのか歪なそれをしている 「初音……?」 糸野の呼ぶ声にも反応はなく、その様子は明らかに常軌を逸していた 「……蝶は、糸に絡め取られてこそ、その美しさが際立つんだよ」 地面に堕ちた蝶々の残骸を踏みつけながらアゲハへと向いて直り そn頬へと手を触れさせる 「君が、殺したんでしょ。叔父さんを。蝶の癖に……蝶の、分際で!」 問い詰める初音へ、何を反論するでもなく無言を通すアゲハ それは一体何方の意か 全くと言って良い程に変わらない表情にそれを知る術は二人にはなく 初音は憎々し気に舌を打ちながら 「でも、もう君は僕の手の中だ。もがいたって、逃げられやしない」 「私を、殺すのですか?」 「……それも、良いかもね」 初音の口元がニヤリと歪に孤を描く 明らかに殺気を滲ませるその視線に、糸野は止めに二人の間へと割って入っていた 「……隆臣、なんで、庇うの?蝶なんて、所詮は餌じゃない」 睨む様に糸野へと向いて直る初音 その全身には蜘蛛の巣の様な痣が現れていた 「……初音様にも、現れてしまいましたか。あの痣が」 「あれが何か、知ってるのか?籠山」 背後からの籠山の声に向き直って見れば其処に 青ざめていた表情の籠山が立っていた この男がこれ程までに分かりやすく顔色を変える事は珍しい 詳しく問い質してやれば 「……旦那様と、まるで同じなのです。このままでは初音様が ――」 死ぬとでも言いたいのか 糸野は僅かに首を巡らせ、己が背後に立つアゲハを見やる 「……蝶は、己が身を守るためならば毒をも吐きます」 それまでの怯えたような表情から一変、その口元には笑みが浮かぶ そしてアゲハは糸野の背に隠れる事をやめ まるで舞うかの様な軽やかな脚取りで初音の懐へと入り込むと その胸元へと手を当てていた 「初音、離れろ!!」 その笑みが意味する所を糸野は理解した これが、蝶が蜘蛛を食む瞬間瞬間だ、と 僅かに焦りを覚えた様子の糸野が初音の腕を掴み、アゲハから引き離してやる その弾みで糸野へと寄りかかる様に倒れこむ初音 だが初音の身体はそのまま崩れ落ちてしまう 「初音?」 何が起こったのか 余りにも一瞬の事で分からず、糸野は倒れこむ初音の近くへと歩み寄った 事、切れている 青白く、冷えていく初音の皮膚に触れその事を実感させられる 「アゲハ、お前 ――」 僅かに目を見開きアゲハの方を見やる糸野へ アゲハもまら同じように糸野の方を見やっていた だがそこにアゲハとしての表情は鳴く、目の前の糸野の姿すらその眼には映ってはいなかった 「……蜘蛛など、皆滅べばいい」 アゲハであってアゲハではない声 以前にも現れた、(月見蝶) ようやく視線が合ったかと思えば、明らかに憎悪の念を糸野へと向ける 「……私は、穢された。お前達蝶に ――!」 伸ばされる手 糸野の首へと伸びてきたそれは明確に糸野を殺そうと其処に触れてきた 避ける事は、出来た だがそれをしなかったのは、その殺意の中に僅かすがるようなそれが感じられたが故だった 「……どうすればいい?」 「なにがです?} 「どうすれば、蜘蛛は蝶に償える?」 一体、何がどうなってこうなった? 分かるはずもなく、唯現状を打破しようと糸野はそれを問うてみる アゲハは瞬間虚を突かれた様な表情を浮かべて見せ だがすぐに歪な表情を浮かべて見せた 「……もう、遅い。償いなど今更意味を持たないのだから」 「それでも」 もし、アゲハのいう(償い)が何か出来るのだとしたら そう言葉を続ける糸野へ、アゲハは更に表情を顰めると勢いよく手を離す 前へ |次へ |
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