《MUMEI》 険しかった表情が段々と崩れ、泣き出してしまいそうになる寸前にまでになった途端 アゲハが徐に踵を返した 「アゲハ!」 走り出したかと思えば糸野の制止に耳も貸さず、アゲハはその場から姿を消していた 今の今まで其処に居たというのに まるで最初からいなかったかの様に跡形もなく消えた その現状が理解できず、糸野は取り敢えず外へ出る 「隆臣様!」 異変を感じ取ったのか、慌てて駆け寄ってくる籠山 何かあったのかを問うてくる籠山へ、糸野は事の大凡を話してやった 「……やはり、そうですか」 何かを含ませた様な籠山のソレに糸野がどういう事かを問うてみれば 途端に籠山の顔から血の気が引き、そして表情を強張らせる 「……アゲハ様は一年程前、自殺されたそうです。この、庭で」 聞かされたそれが俄かには信じられなかった もし、アゲハが一年も前に死んでいたのならば 今の今まで目の前に居たのは一体誰だというのか そしてなぜ消えてしまったのか、分からないことが多すぎる 「アゲハは、消えましたか」 背後から徐に椿の声が聞こえ、振り返る事をしてみれば ひどく楽し気な笑みを浮かべた椿の姿が 「……今日は一体、どこで蜜を吸うのやら」 何かを含んだ様なその物言いに、糸野が怪訝な表情をしてみせるが 椿はそれ以上何をいうでもなく踵を返した その言葉の真意は定かではない だが糸野の内で何故か焦りの様な感情が燻りを始める 「……探せ、籠山」 「隆臣様?」 「アゲハを探せ!今すぐにだ!」 珍しく感情も顕わに怒鳴る糸野へ 籠山は深く頭を垂れると畏まりましたと身を翻した なぜ、これ程までに焦る必要が有る? その理由が分からず舌を打ちながら、糸野もまたアゲハを探しに 取りあえず屋敷内を探し回った後、また庭へ 確か、この庭でアゲハは自ら命を絶ったと籠山は言っていた もしそうだとすればその死体はどこに有ったのか 気にかかり、糸野は普段は余り行くことのない裏庭へと脚を運ぶ 余り手入れがなされていないのか、うっそうと草木が生えるその場所 其処には、その草木に身を潜ませるかのようにして生きる無数の蝶たちがいた こんな場所は、知らない 「隆臣様」 立ち尽くすばかりの糸野の背後 伸ばされた手はひtのそれとは思えないほど冷たかった 驚きに身体を微かにびくつかせ、ゆるり振り返ってみればソコに アゲハがいた 「……貴方なら、この場所を見つけられると、思っていた」 まるで生きている人間とは思えない姿 肉は腐り、骨の至る所がむき出しになっていて なぜ自分はこれをアゲハだと認識できているのか 漂ってくる異臭に顔を顰めてしまいながら糸野はその事を考える 「……お前は、アゲハか?」 自身の認識が間違いでないでない事を確認するかの様に問う事をしてみば 目の前のそれは歪になってしまっているその顔に笑みを浮かべてみせた 「私が、この姿が怖いですか?隆臣様」 問われた事に対し、返答出来ずにいた 頭の中が混乱しすぎている 恐怖ではない、別の感情が自身の中にあって 冷たい汗が、首筋を擽る様に伝い落ちていった 「……今宵は、新月。月の光がなければ私は生きられない」 「……なら、お前は今日死ぬのか?」 死んで、それからどうなるのか 見てみればもろく、崩れ始めているアゲハの身体 大凡、ヒトがなり得る状況ではにそれに、糸野は僅かに目を見開く 「隆臣様、私を見つけて下さい。私がまた孵れる様に」 そう言い終わると、アゲハの姿が完全に消えた 「アゲハ!!」 声を荒げ名を呼んでみるが、既に何もない 見つけて。孵れるように 行ったお、何がどうなっているのか全く理解できぬまま 糸野はアゲハを探すため身を翻す その糸野の目の前に広がるのはその広大な敷地に広がる深い竹林 見慣れている筈の其処に、今はやけに違和感を感じてしまいながら それでもアゲハを探すため、糸野は竹林の中を歩き始めたのだった…… 前へ |次へ |
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