《MUMEI》

『じゃ切るねー。晴香ちゃんオヤスミー』

「あ、おやすみなさいっ」

いつのまにか下の名前で呼んでいるのもホント、腹立ちますねコレ。

『じゃ、あっちゃんまたねー』

ぶぢッ

遠慮なしの一方的な切り方。
ああ、何もかも、腹立つ。

「夕飯まだだよね?用意できてるよ」

相変わらずにこにこのまま台所へ消える姿。
何だよ、何なんだよ。
そんなことで妬く俺のほうがおかしいのは確実だ。でも、ほら、なんかあるだろ。昨日もほったらかしだったのに、今日もかよ。
あは、だんだん腹たってきたわコレ。

「今日はね、カレーにしてみましたー」

久々に見るレトルトじゃない手作りのカレー、嬉しい、でも違う、そうじゃなくて。
くだらない、まったくくだらない。

「一人じゃあんま作らないでしょ?チキンカレーおいしいよー」

大皿に山盛りの湯気をたてるカレーが運ばれてきた。

「‥‥どしたの?」

一言もしゃべらない俺にようやく不思議そうな顔をする彼女。俺の理解不能な怒りのツボの存在を知っているコイツは、どこまでも優しいが、自分が原因だということまでは理解していない。

自分でもコントロールできないタールのようにどす黒いジェラシーは、どうしようもない。

「‥‥あ、そうだ。」

黙ったままの俺の前に皿をおきながら、恋人はつぶやいた。

「おかえり、あつくん」

あ。

あっさり身体を流れでていく俺のジェラシー。どろどろ、さらさら、俺の身体に穴が開いたみたいだ。

「‥‥ただいま」

どんなに腹がたっても、こいつにはかなわない。

カレーが旨い。


同居生活ももう一週間。一言で氷解させられる俺の意志は弱いのか何なのか。
ちょっとはずかしいので、すべてはカレーのせいにしておく。

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