《MUMEI》 沈黙。 俺にかける言葉はなく、彼女も何も言わない。 ただ聞こえる二人のかすかな息遣い。じっとしていて身体が痛い、動きたい。しかしこの沈黙に、ベッドの軋みは邪魔なように思えた。俺はただ仰向けに横たわるだけだ。 「‥‥ねぇ、私ホントに死ぬのかな?あつしのことも、忘れちゃうのかな?」 再び紡ぎだされるか弱く震える声、泣いているような、笑っているような。 早朝の部屋はおどろくほど静かで、ただ恋人の囁きだけが空気を震わせた。 「やだよ、私、死ぬのが怖い」 「晴香」 「あつしと離れたくない‥‥何で、死神は私を選んだのかなぁ‥‥」 語尾は涙声にかすれてほとんど聞こえなかった。 弱い背中。 旨い飯をつくったり、風呂に花を浮かべたり、無邪気で快活で頑固で、ちょっとムカつくところもあるけれど、優しくて、愛しい愛しい恋人。 その無邪気さに優しさに、病気の恐怖を死の恐怖を、全部抱えこんでいたのだろうか。 俺にばかり気を遣って、静かに一人泣いていたのだろうか。 お前はなんでそんな優しいんだ?自分の死を目の前に突き付けられたのに、なんでそんなに笑ってられるんだ? 「‥‥死神じゃねぇよ」 前へ |次へ |
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