《MUMEI》

ヒュン!!

と風を切るような鋭い音が聞こえた。

直後、若い兵士…つい先ほどまで獅子奮迅の活躍をしていた男の動きが止まる。

「…え?……あ」

兵士の首に一筋の太刀傷が生じた。

傷口はみるみる大きく開いていく。

やがて…安定を無くした頭部がゆっくりと前に傾き…首から地面へと落下する。

同時に首の切断箇所からおびただしい量の血が噴き出す。

数秒後…兵士の体が前のめりに倒れる。

「おっひょー!出たぁー!!魔界名物!血の噴水♪」

ゾラは歓喜の声を上げる。

「そんな名物魔界にはありませんよ。ただ人間が血を吹き出し倒れただけのことです。
こんなことで奇声を上げないでください。」

無機質な声とともにゾンビ兵達の輪から一人の女が姿を見せる。

「いやいや…お見事!さすがは我が武道の師にしてゾンビ族屈指の首切りアーチストと呼ばれるだけのことはありますなー!
…しかし、鎖鎌とは…なかなかテクニカルな武器をご使用で…。」

「単にあの距離ならばこれが一番楽に殺しやすいと思っただけですわ。
…それと…私はそんな異名で呼ばれたことなどありませんし、呼ばれたいとも思いません。勝手に変なあだ名をつけないでください。…若様。」

「若様って…その呼び方何とかなりませぬかな?」

「仕方ないじゃありませんか。『魔王様』と呼ぼうにも我が一族にはもう一人、魔王様がいらっしゃいますし。あの御方のほうが若様より地位も戦闘力も断然上ですし。それなのにお二人を同じ呼び方をするなど畏れ多いですわ。…すわすわ。あの御方より若い魔王…それ故に『若様』…全く何の問題もありません。」

「何でぃ!その語尾は!今は確かに向こうが上だが、いつか必ずぎょひん!!と言わせてやるぞえ!目に物みせたる!」

「…ぞえって…。それに『いつか〜』とか『いずれ〜』とか吠える輩は大抵何も出来ずに朽ち果てていくのが世の常であり…。」

「黙らっしゃい!そして、輩とはなんだ!チミ、一応俺の補佐役でしょ?言うなれば拙者の部下でしょ?それなのにそんな言われ方されると…傷付くな〜。涙出ちゃうな〜。
…とにかく…オラ、アイツ超エルダ。オラ、モット強クナルダ。」

「補佐役ではありますが、部下ではありません。勘違いしないで下さい。私は若様の指南役であると同時に監視役でもあるのです。その点お忘れ無きよう。
…それと、先ほど『強くなりたいよぉ〜ママ!』と嘆いておりましたが…その割りにはここ最近武道の修練をしていないではありませんか。最後に武道場で若様をお見掛けしたのは……40年くらい前ではなかったかと。」

「ママとか言ってないぞ!勝手に捏造するな
!しかも、武道場ってか、ただの芝の生えた中庭でしょ。…40年ってそんなに前だったかな。たぶん2〜3ヶ月くらい前だと思う。
…というより、違うんだ!今、私は自室にて精神集中訓練を行っているのだ。戦いにおいて何が大切か?
腕力、体力、大切なことは沢山ある。
だか、ここぞという時に何が決め手となるか…それは冷静な判断とその動作を迷いなく実行するための精神力である。その精神力を高めるためにー」


「若様。その無駄話は城に帰って壁を相手に存分にしてやってください。私、このままだと立ったまま寝てしまいそうですわ。」

「…。ひょっとしたらためになるかもしれない話なのに。ま、別にいいけどね。」

「さて、城に戻る準備をしましょうか。」

「…切り換え早いねー。その姿はまるで最新式のマウンテンバイクのよう…。
そうだ!!
今日から君のことを『マウンテン・シエナ』とお呼びしよう♪」

「…若様は余程私に滅殺されたいようですね?」

切れ長の細い瞳がゾラを捉える。

「冗談っスよ!怒らないで!今度からマジメに修練しますから!そうだな…一ヶ月に2回修練しよう…そうしよう。」

「強くなる気が無いようですね…何だか疲れました。先に城に戻ります。」

「人はそれを老化という…ギャオオ!!」

気が付けば腰に括り付けていたゾラの頭部にナイフが刺さっていた。

「痛い!痛い!右目がぁ!目がぁ!…シエナさん?待ちたまえ!
…置いてかないでくれぃ。」

ゾラを置き去りにし、シエナと呼ばれた女はその場を後にする。

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