《MUMEI》 野蛮な隣人 3夕方。千香は買い物から帰ると、ゴミ収集所で真壁万勢と会った。自転車から下りて笑顔で挨拶をする。 「こんばんは」 「おお、こんばんは」 真壁はまた無遠慮に千香の胸や脚を見る。薄着なのがいけないのか。しかし夜でも暑いのだから仕方ない。本当にドキッとさせられる男だ。 よく見ると、真壁は燃えるゴミを収集所に捨てようとしていた。 「あ、燃えるゴミは明日の朝に捨てないとダメですよ」 「いちいち細かいねお姉さん」 「大事なことですよ」千香は怖いけど頑張った。「燃えるものはなるべく家の周りに置きたくないので、ご協力をお願いします」 「美人に頭を下げられちゃしょうがねえ」 いきなり美人とルックスを褒められて、千香は赤面した。ストレート過ぎる。 「男ならぶん殴ってるところだが、俺様はいい女には弱いんだ」 「それは、おかしいですよ」千香は真顔で言った。 「バカ、冗談だよ」 「バカって何ですか?」 絡んでくる千香に、真壁も笑顔を消した。 「何、もしかして何か文句ある?」 真壁に凄まれて、千香は足がすくんだ。彼女は普通の主婦なのだ。一般庶民だ。勇敢な女刑事でもなければ、戦隊ヒロインでもない。 「違いますよ、ちょっと親し過ぎるっていうか」 「馴れ馴れしい?」 「悪く言えば」 「敬語使えって言うのかよ」 良くない展開になってしまった。近所のトラブルは避けたい。 「面白くねえな」 真壁が背を向けてアパートに戻ろうとすると、千香は真壁が捨てたゴミ袋を持って、真壁に渡そうとした。 「忘れものです」 「ほう、いい度胸してるじゃねえか」 「どうした千香」 「え?」 後ろを振り向くと、夫の孝太郎がいた。 「あ、お帰りなさい」 スーツ姿の細身の男を見て、真壁は千香に聞いた。 「もしかして旦那?」 「はい」 「あ、こんばんは」 見知らぬ巨漢に挨拶され、孝太郎も不審そうな目で見ながら頭を下げた。 「こんばんは」 真壁はゴミ袋を千香から受け取ると、アパートに戻った。千香は急いで自転車を押して、笑顔で孝太郎に声をかける。 「明日じゃなかったっけ帰るの」 「一日早まったんだ」 「じゃあ連絡くれればいいのに」 孝太郎は渋い顔で聞いた。 「今の人は?」 「ああ、そこのアパートの人」千香は自転車を止めて鍵を取ると、早口に説明した。「燃えるゴミを夜に出そうとしてたから、注意したの」 「へえ、凄いね」 「凄いでしょ」 前へ |次へ |
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