《MUMEI》 SMホテル 1ある日の午後。夫の孝太郎は海外出張に出かけている。千香は掃除と洗濯を済ませると、リビングでテレビを見ながらくつろいでいた。 携帯電話が鳴る。知らない電話番号だ。千香は唇を結んで不安な顔をすると、電話に出た。 「はい」 『小田切と言います』 「オダギリさん」 『あなたは、千香さんですか?』 知らない男の声。千香は緊張した。 「どういったご用件でしょうか?」 『オレ、いたんですよ。あの日。レストランに』 「レストラン?」 『君が、全裸を晒した時』 一瞬にして目の前が真っ暗になり、胸のドキドキが一気に激しくなる。額に汗が滲み、足がすくむ。膝も震えている。千香は一生懸命自分を落ち着かせようとした。 『千香さん。会えませんか』 「・・・無理です」 『実は、一部始終、録画しちゃったんですよ』 「え?」 絶望的な状況だ。ゆすられてしまう。恐れていたことが起きた。 『会ってくれたら、目の前で消しますよ』 「小田切さん」 『はい』 「酷いことはしないと、約束してくれますか?」 『もちろん』 「じゃあ、会います」 千香は、小田切と名乗る男と会う約束をした。幸い夫は海外出張だ。彼女は言われた場所に出向いた。白い車が止まっている。千香は助手席側に立ち、車の中を覗いた。 長い黒髪にひげ。ダンディな印象の男。30代くらいに見える。 「小田切さんですか?」 「千香さん?」 「はい」 「乗って」 千香は車に乗った。洒落た赤いTシャツに白のショートスカート。裸足に洒落たサンダル。危険かもしれない男と会うにしては、随分セクシーな格好に見える。小田切はほくそ笑んだ。 「近くで見ても、やはりキレイだ」 千香はすました顔をしていた。 「どうしてそんな澄んだ瞳をしているのかな。心が清らかなのかな」 「小田切さん。ここで消してくれますか」 「ホテルに付き合ってくれたら消してあげる」 千香は寂しい顔をした。やはり犯されるのか。何とかならないものか。 「断ったら、どうします?」 「君の旦那の会社にこの動画をバラまくよ」 そんなことされたら全てを失う。ネットにバラまかれるよりもきつい。 「それは、勘弁してください」 「じゃあ行こうか」 車は走り出した。哀願が通じそうもない相手だ。彼女は本気で困った。 (どうしよう?) 前へ |次へ |
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