《MUMEI》
「努力したのか?」
とは思ったものの。
完全に悪魔化してしまった笹屋を倒すのは骨が折れる。
「ぐおおお!!!」
振り下ろす拳を華麗にかわしつつ、顔面に蹴りを入れる。
が、もともとの皮膚が硬いのか、目立ったダメージは与えれていないようだ。何コイツ、ヤミーなの?
瞬閤でもしない限り素手では勝ち目がない。
「なゼ………!なンデおまエばかリ吉倉さンといるンだ!!」
笹屋の叫び。
一応念のため。吉倉は伊桜のことね。吉倉伊桜。
「ぼくダッておまエに負ケナいくらイ吉倉サんのコトが!!」
悪魔に支配されて尚、伊桜の事を想い続けている。
その想いは独り善がりで、青い。
何故だろうか。
俺は勿体ないと思った。
笹屋は伊桜の事が好きだった。それは間違いないだろう。
こんな性格じゃ、誰にも相談などしていないだろう。
一人で悩み続けて、想い続けて。間違ってしまったけれど。悪魔に魂を売ってしまうほど伊桜の事が好きだったんだ。
「お前………ほんっとに馬鹿だな。勿体ねえくらいに」
俺の声など、聞こえていないかもしれない。
だが、言わずにはいられない。
「お前が本当に伊桜のことが好きなら、妬むよりも、復讐するよりも先にする事があったはずだろう」
「ダマレダマレダマレ!!!」
笹屋の拳が迫る。
俺はそれを左腕一本で止めた。
「なんだよ、このへなちょこパンチ」
揺らいでいる。その証拠だ。
「嫉妬してるんだったら、自分の拳で殴ってこい!」
笹屋の拳に叩き込む。
拳はひび割れ、黒い気体が溢れ出す。
「お前は努力したのか?」
「ド………りょ………ク?」
「伊桜と仲良くなるように。名前を覚えてもらえるように努力したかって聞いてんだよ」
笹屋は何も言い返してこない。
「その努力もせずに何が負けないくらい好き、だ。その時点で俺とお前は雲泥の差なんだよ」
一歩ずつ距離を詰める。
「俺が何の努力もせずに伊桜の隣を昔から入れたと思うか?んなわけねえだろ。毎日必死だっつの」
右手に力を込める。神聖力は使わない。俺自身の力だ。
「俺と張り合おうってんなら………俺を妬むってんなら、それくらいの努力と覚悟を持ってから出直してこいっ!!」
顔面に殴る。
拳の皮が抉れたりしてかなり痛い。
痛みで涙が出そうになるのを堪え、ニカっと笑いかける。
「それでやっとイーブンだ。これから何をするべきか、俺が言わなくてもわかるな?」
その瞬間、笹屋を包んでいた悪魔の衣が霧散し、黒い気体となって笹屋の体外に排出された。
そして、笹屋疾人本人の姿が現れる。
「おう、それでいいんだ」
放心状態だったが、笹屋はほんの少しだけ、微笑んだ気がした。

前へ |次へ


作品目次へ
感想掲示板へ
携帯小説検索(ランキング)へ
栞の一覧へ
この小説は無銘文庫を利用して執筆されています。無銘文庫は誰でも作家になれる無料の携帯・スマートフォン小説サイトです!
新規作家登録する

携帯小説の
無銘文庫