《MUMEI》
殺戮
ヤクバ狩りに出てから十日が過ぎた。その間、ヤクバの群れどころかノウサギさえ姿を現さない。草原の動物達は、まるで嵐の前のように、息を潜めているようだ。

「おかしいな。もう随分奥まで来たが、獣一匹見かけん。」

アトウが首を傾げた。

「ああ。まるで戦の前触れのようだな。草原が静か過ぎる。」

「ナナミ、不吉なことを言うな!ただでさえお前の勘は当たるんだ。」

俺は苦笑した。

「わかったわかった。今日は狩りは諦めてカミナへまっすぐ進もう。獲物がいないのではどうしようもないからな。」

アトウが口をへの字に曲げた。相変わらず子供っぽい奴だ。

「このままカミナへ行っても、土産の一つもないじゃないか」

くく。そういうことか。

「ハリマ殿は土産がなくとも文句は言わぬだろう。」

「そういうことじゃない!せめて鹿肉くらい仕留めなければクナトの名折れだ!」

アトウは膨れた。子供の癖にプライドばかり一人前らしい。

「獲物がいないんだからしょうがないだろう。」

「それはそうだが…。」

アトウは今年成人したばかりのクナトの長の息子だ。クナトの民は15才で成人を迎える。アトウは俺の主であり大切な弟でもある。

黒い瞳に、黒い髪。象牙色の肌。誇り高い、クナトの少年。

俺がこの髪でなければ、余計なしがらみも中傷もうけずにすんだだろうに。裏切りのアルタの従者だと…。

ふいに。風の匂いが変わった。

馬が落ち着かなくなり、前に進もうとしない。
これは…煙と血の匂いだ!

「ナナミ!カミナの方角からだ!」

アトウから血の気が失せた。
ここまで血の匂いと煙の匂いがするからには、すでにもう…

俺達は怯える馬達をなだめ、草原を駆け抜けた。


…あまりの惨劇に、俺達は言葉を失った。

村人は一人残らず殺され、家は残らず火を放たれていた。女子供の区別なく、きわめて残酷に。
切り刻まれて手足のないもの、蜂の巣になるまで撃たれているもの…見ているだけで吐き気がしてくる。アトウはあまりのことに真っ青になり、うずくまって吐いている。

瓦礫と死体だらけになってしまったカミナ。

いったい何が…

「う…うう…」

!!微かに、呻き声がした。俺はアトウに待つように言って、探しにでた。

一つ一つ死体を確かめ、家をまわる。が、行けども行けどもあるのは見るも無惨な死体ばかりで、なかば諦めかけた。
あれは空耳だったのか…?

「う…っだ、だれか…」

!!ここか?!

俺は一番大きな屋敷の前で立ち止まった。
ここは…ハリマ長老の家だ。幸い、まだ炎は大きくなってない。まだ助けられるかもしれない!

「誰かいないか!」

俺はドアを蹴り飛ばして中へ踏みこんだ。

すると。

カミナ村の長老ハリマ殿が、血まみれで倒れていた。



「う…げほごほ」

俺はようやく吐き気がなくなって立ち上がった。
ナナミは先に行ったらしい。

くそ…。なんでこんなことを!!

俺は剣を抜き、ナナミの後を追った。

「ナナミ!!どこだ!!」

俺は走った。声の限り叫びながら。

すると。

「ここだ、アトウ。」

ナナミが、血まみれの老人を抱えて現れた。

白い長い髭が特徴的な、黒いローブの老人。
あれは…

「ハ…リマ殿?」

あ…ああどうして?

「ハリマ殿!ハリマ殿!」

俺は駆け寄って叫んだ。

ナナミは静かに首を振る。

「ああ…どうしてだよ!誰がこんな!」

俺は泣きじゃくった。
ハリマ殿は俺を可愛がってくれた。本当の孫のように。
俺の成人を、とても喜んでくれた…

「う…畜生…ちくしょうっ…」

涙が止まらない。
なんでこんなことが出来るんだ。老人ばかりか、赤ん坊まで無差別だ。
夜盗だって、ここまでしない。
こんなことをするのは畜生以下だ。

「憎いか…?アトウ。」

ナナミはハリマ殿を静かに地面に横たえた。
心なしか、眼差しが冷たい。

「殺したい程、憎いだろう…。」

ナナミは、ハリマ殿の血で汚れた手を俺に差し出した。

「カミナを滅ぼしたのは…銀髪の悪魔だ。」

そう言ってナナミは哀しそうに微笑んだ。

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